第24話 井沢 誠治の過去②
誠治が妻や娘の名前と共に出した悠介という男性は、数日前に誠治が亡くなったと言っていた。
悠介という名を出した誠治の表情は、懐かしむ様な優しい表情をしている。
僕はその人がどんな人物だったのか興味が湧いた。
「誠治さん、悠介さんてどんな人だったんですか?確か、誠治さんの奥さんの亡くなったお兄さんだったんですよね?」
僕が問い掛けると、誠治は少し驚いたような表情をし、少し考え込む。
「悠介か、なんて言ったら良いのかな・・・あいつは常に明るくて、馬鹿ばっかり言うお調子者で、何より家族を・・・妹達を本当に大切にしていたよ。シスコンかと思うくらい大事にしててさ・・・美希は高校生の時に病で休学してね、美希の入院費を稼ぐ為に大学を辞めて就職したって聞いたよ・・・。その時はすでに親父さんが亡くなってたらしくて、母親と悠介がだいぶ頑張ってくれたって美希が言ってたよ。悠介がいなければ、俺や美希、千枝、他の仲間達はあの状況で笑って過ごせなかったと思うよ・・・」
誠治は悠介の事を嬉しそうに語った。
彼にとって悠介という人物は、夏帆と同様とても大切な家族だったのだろう。
「お会いしてみたかったですね・・・」
櫻木が目を伏せて呟く。
「櫻木さん達と会った時にはすでにあいつは死んでましたからね・・・本当、会わせてやりたかったですよ・・・。あいつは愛すべき馬鹿でしたから、たぶん櫻木さん達とも仲良くなれたと思いますよ」
誠治は悠介を馬鹿と言いながらも、優しい表情だった。
「俺はあの日、悠介達を助けて本当に良かったと思っています。最初はお互い下心が有ったとは思います・・・少なくとも、俺はそうでした。俺は悠介達を助けたその日、人を殺しています・・・別に殺した奴に対して罪悪感はありませをでしたが、人の道を外れた後ろめたさはありました・・・。夏帆を失い、人を殺した事で精神的に参っていたと言ったら良いんでしょうか・・・彼等を守るという目標を持てれば、俺は壊れずに済む・・・そう思ったんです。悠介も、自分1人では妹達を守りきれないと判断し、俺と共に行こうと思ったのかも知れません。俺は彼等を助けて食事を分け与えた翌日、彼等の車を用意する為に1人で外に出ました。俺の使っていた車は後部座席を外していたので、4人は乗れなかったんです。俺がしばらく探し回り、良さそうな車を見つけて乗り込むと、男達の集団に囲まれました・・・俺はそいつ等を警戒し、刺激しないようにしていたんですが、その集団のリーダーが俺に話し掛けてきて、しばらく会話をしたんです。すると、その男は悠介達の話をすると、車と物資を分けてくれました・・・一人息子を亡くしたらしく、千枝の事を気にかけてくれたんです。実は、そのリーダーの男は、櫻木さん達も知っている男です・・・」
「えっ、本当ですか?」
誠治の言葉に櫻木と玉置が顔を見合わせる。
「四国で櫻木さんと組んだ瀧本 元気ですよ。俺や悠介達に車と物資を分けてくれたのは彼です・・・俺達が四国に着いた時には、先に着いていた彼は毎日俺を捜しに港まで来てくれていたらしいです。わざわざお礼を言うために、来るかどうかもわからない俺を待っていてくれたんです・・・」
「瀧本さんか!あの時は井沢さんと一緒に避難して来た人だと思ってましたが、そんな繋がりがあったんですね・・・」
櫻木が納得したように頷いている。
「えぇ、律儀な男ですよ彼は・・・彼も見た目によらずかなりのお人好しです・・・。俺は彼に車と物資を分けて貰った後、急いで悠介達の元に帰りました。すると、悠介達が居るガレージの前に、武器を持った3人組の男がいたんです・・・その内1人が裏の勝手口に向かったのを見て、俺は悠介達が危ないと思い、残りの2人に車で突っ込みました・・・2人は俺に気付いて車を避けましたが、体勢を崩している隙にマチェットで斬り殺し、勝手口に向かった残りの1人は、扉に腕を挟まれている隙に殺しました・・・。俺がそいつ等を始末して中に声を掛けたら、悠介達は無事だったらしく俺を迎えてくれましたが、俺が人を殺したのを知ってかなり怯えました。仕方ないですよね・・・いくら自分達の命の恩人でも、まさか平気で人を殺す奴だなんて思いもしなかったでしょうから・・・。俺は、悠介達は俺の前から去るだろうと思いました・・・ですが、彼等は残ってくれたんです・・・。怯えた事を謝り、これからは俺を支えると言ってくれた・・・。俺は、彼等の言葉を聞いて涙を流しました。その時初めて彼等を助けて良かったと心底思いました・・・純粋に、彼等を守って九州まで連れて行こうとそう思いました。その後、俺が落ち着くのを待ってくれていた悠介達と共に車と物資の確認をして、ガレージを離れました。襲撃して来た男達の仲間が来たら危ないと判断したからです。ガレージを離れた俺達が向かったのは夏帆の実家でした・・・夏帆の実家は塀が高くて通りからは中が見えない造りだったので、しばらく滞在するのに適していたんです。それに、夏帆の両親が生きていたら、夏帆の事を伝えないといけませんでしたから・・・」
「お前としては辛いな・・・娘を失った事を報された親の気持ちを考えると、正直かなり勇気がいっただろ?」
誠治が話の途中でお茶を飲んでいると、父が複雑な表情で問い掛ける。
「えぇ、正直かなり迷いました・・・でも、報せなきゃいけませんでしたからね・・・。それに、もし生きていたら一緒に避難したいと思ってましたから」
「夏帆さんのご両親には会えたのか?」
苦笑して答えた誠治に父が尋ねると、誠治は目を伏せた。
「俺達が着いた時には2人共亡くなっていました・・・。夏帆の父親は裏庭の木で首を吊っていて、母親はその下に横たわるように亡くなっていました。父親は、奴等に噛まれて転化した妻にとどめを刺し、自分も首を吊って後を追ったみたいです・・・」
「そうか・・・それは辛いな・・・。俺も妻を亡くした時は自暴自棄になりそうだったが、貴宏が居てくれたからな・・・こいつを残して取り乱す訳にいかなかったよ」
父は、隣に座っていた僕の頭を優しく撫でてくれた。
「守るべき相手が居るってのは心強いものですからね・・・俺も悠介達の存在に随分助けられましたよ・・・」
そう言った誠治は、僕の事を優しく見つめ、再度話し始める。
「夏帆の実家に着いた俺達は、夏帆の両親の遺体を簡単に弔い、しばらく滞在する事にしました。逃走ルートと今後の予定を立てる為、あとは悠介と美希に戦い方を教える時間が欲しかったんです・・・彼等に頼まれたのもありましたが、何より俺が物資補給に出ている間に奴等や生きた人間にまた襲撃を受けた場合、自分の身を守れる様になって欲しかったんです。結果奴等を相手にした実践は、悠介は大丈夫そうだったんですが、美希は散々でしたね・・・。実践の後、美希はかなり落ち込んでしまって俺が慰めたんですが、その時俺に惚れたらしいです・・・」
その時、誠治の顔がニヤケたのを皆んなは見逃さなかった。
「井沢さん、嬉しかったのは解りますが、皆んな真面目に聞いてるのにニヤケないでください・・・」
「だって仕方ないじゃん!事実なんだからさ!!」
呆れ顔の玉置に注意された誠治は、慌てて弁明した。
「まぁ良いや・・・美希が俺に惚れたって話は悠介から聞かされたんだけど、その時は吊り橋効果だろうってあまり気にして無かったんだけど、悠介からは九州に行く事が出来たら真面目に考えて欲しいって言われてさ・・・病気になった事に後ろめたさを感じている美希の事が心配だったらしいんだ。そんな話を聞いたら考えざるを得ないからさ、その時悠介には無事に九州に行けた時にはって約束をしたよ。で、その翌日に俺が決めた逃走ルートを2人に話して、夏帆の実家を出たんだ。陸路を行くのは現実的ではないと判断した俺は、途中から船を使おうて提案し、海沿いの街を通りながら南下するルートを選んだ。夏帆の実家を出て次に向かった街で、俺達は渚さん達と出会ったんだ・・・。俺達が街に入ったのを見掛けた渚さんと隆二、由紀子が俺達の所に情報を得たいと訪れたんだ。俺もその街について聞きたい事があったから、取り敢えず3人を招き入れて話をしたんです。俺が聞きたかったのは、その街に奴等が少ない理由だった・・・その事を聞いた時の渚さん達の表情は今でも忘れられないよ・・・。渚さん達は騒動に巻き込まれた当日、避難所に指定されていた体育館に逃げたらしいんだけど、先に避難していた住民達に締め出されて見捨てられたと言ってたよ・・・渚さん達は、自分達を見捨てた連中に復讐しようと計画したらしいんだけど、いざ体育館に向かうと外から鍵が掛けられていて、中には大量の奴等が充満していたそうです。恐らく、噛まれた人がいる事に気付いた奴が、中に居た人達を見捨てて鍵を掛けたんじゃないかって言ってた。だからこそ街に奴等がすくなかったんだ・・・」
「渚さんの話は個人的に聞いた事がありますが、何度聞いても胸が苦しなりますね・・・我々自衛隊が言って良い事じゃないですが、追い詰められた人間の本質を思い知らされた気分です・・・」
玉置が悲痛な表情で呟く。
「えぇ、俺も初めて聞いた時には耳を疑ったよ・・・。俺は渚さん達の話を聞いて、安全地帯の話をしたんだ。そしたら、彼等も一緒に行きたいと言ってくれた・・・正直、俺だけでは悠介達を守って九州に行くのは難しかったから、戦える渚さん達の申し出はありがたかったよ。俺は渚さん達に、彼等の拠点で待ってる隆二の兄の慶次にその事を報せ、荷物を持って合流しようと持ちかけ、俺達がその日滞在しようとしていた消防団の詰所で由紀子と共に彼等の帰りを待った。だけど、いくら待ってもなかなか戻って来ない事をを心配して彼等を迎えに行こうとしたら、詰所の前に車が停まって人が降りてくる音が聞こえたんだ・・・。彼等に聞いていた人数は由紀子も含めて4人。だけど、外から聞こえた足音はそれ以上だった・・・。俺はそれを不審に思い、散弾銃を持たせた悠介を車の陰に待機させ、外から声を掛けてきた渚さんにシャッターを開けるように指示すると、外には渚さんを羽交い締めにした男と、その取り巻きがこちらに向けてクロスボウを構えていた・・・そいつ等は俺達から物資を奪おうとしていたから、散弾銃を持たせた悠介を呼び、そいつ等を脅したけど、結局話を聞かずに1人を俺が射殺した・・・残った連中は仲間が死んだ事に恐れをなして逃げ、渚さん達は銃声に引き寄せられる奴等をやり過ごすまで詰所に入ってもらう事にしたんだ。渚さん達は最初は悠介達同様、俺を恐れていた・・・だけど、命を救ってもらった事は事実だし、自分達がやろうとしていた復讐も同じ事だからと改めて一緒に行きたいと言ってくた。俺、悠介、美希、千枝、渚さん、慶次、隆二、由紀子の合わせて8人・・・悠介と慶次は死んでしまいまったけど、これが関東を脱出するまでのかけがえのない仲間達だよ・・・」
誠治はゆっくりと仲間達の名前を呟いた。




