第23話 井沢 誠治の過去①
「レーションを食べたのは初めてだが、予想以上に美味しい物なんだな・・・」
僕達は父や誠治、玉置の用意した料理と、櫻木達の持って来ていた自衛隊の野戦食を食べさせてもらい、リビングで寛いでいる。
父は自衛隊の野戦食が気に入ったらしく、永野が取り出した他の野戦食を興味深げに見ている。
あと2時間もすれば、永野は見張りにつく事になっている。
「食事は大事ですからね!我々自衛隊の野戦食は世界に誇れますよ!!」
「お前が威張るなよ・・・。まぁ、不味い飯を食ってちゃ満足に動けないのは確かだな!」
胸を張って威張る永野を小突きつつ、櫻木も同意している。
「そう言えば櫻木さん、貴宏との約束って言うのは結局なんなんだ?」
父が、ふと思い出して櫻木に問い掛ける。
「あぁ、昼に集会所を案内してくれたお礼に、四国での話を聞かせてあげる約束をしたんですよ・・・俺や玉置が井沢さんと初めて会って、一緒に戦った時の話ですね」
「ぶっ!なんて約束してんの櫻木さん・・・別に語って聞かせるような話じゃないでしょ!それに・・・」
お茶を吹き出した誠治が玉置を見る。
玉置は少し居心地悪そうにしている。
「あ・・・すまん玉置・・・」
櫻木は誠治の視線の先を見て、気まずそうに玉置に謝った。
「いえ・・・別に構いません・・・あの時の事は、戒めとして常に忘れないようにしていますから・・・。それより、四国の話もそうですが、私は井沢さん達がどうやって関東を脱出したのか聞かせて欲しいですね。今迄、何度か聞こうと思ってたんですが、なかなか機会が無くて・・・」
玉置は気をとりなおし、誠治を見る。
「俺も気になるな。昔のお前からは考えられない程に変わったからな・・・お前さえ良ければ聞かせてくれないか?」
父も玉置の言葉に頷き、誠治を見る。
今度は誠治が気まずそうにしている。
「なんでそんな話になるかな・・・まぁ別に構いませんけど、玉置さん・・・向こうに帰ったら何か奢ってよ?」
「うっ・・・わかりました・・・。私が聞いたんですし構いませんよ・・・あまり期待はしないでくださいね?」
申し訳なさそうに項垂れる玉置に、誠治は苦笑して頷く。
「そうですね、どこから話ましょうか・・・」
「誠治さんはあの日何をしてたんですか?」
僕は悩んでいる誠治に問い掛けた。
すると、誠治は寂しそうな表情で皆んなを見て重い口を開く。
「俺はあの日・・・10月31日、付き合って丁度2年になる彼女・・・夏帆にプロポーズをしようと自宅マンションの近くにあった駅で待ち合わせをしてたんです・・・。俺は約束の15分程前に駅前広場に着き、夏帆を待っていたんです。広場にはハロウィンの仮装をした若者達や仕事帰りの人達、買い物をしている主婦が沢山いたんですが、そこに居た大学生くらいの男が1人の女性を指差して、その女性の姿に感心してたんです・・・俺もつられてその女性を見た時は、やけに気合いの入った仮装をしているなって思ったんですが、その大学生が近付いて女性に話し掛けると、女性が急に襲い掛かって大学生に噛み付いたんです・・・。広場が騒然として、俺はアレはヤバい奴だと思って駅の改札まで夏帆を迎えに行き、手を引いて俺の家まで逃げようとしたんです。俺と夏帆が広場を迂回して逃げようとしていると、警察官が駆けつけて、人を喰っている女性に発砲したんですが、撃たれた女性は何事もなかったかの様に立ち上がり、警察官を喰い殺しました・・・それを見ていた人達がパニックを起こし、広場は混乱の渦に包まれました。俺達は素早くその場を離れ、駅前商店街を抜けようとしたんですが、商店街にも奴等がいて、商店街を抜けるか迂回するか悩んだ結果、夏帆に促されて近くに停めてあったトラックから鉄パイプを2本取り、片方を彼女に渡して商店街を進みました。商店街では奴等が買い物客を襲い掛かり地獄になっていて、俺は夏帆を背後に庇いながら注意深く進み、あと少しで商店街を抜けるというところで、事故車両の陰から飛び出して来た奴に夏帆が襲われたんです・・・。俺は最初パニックになりましたが、夏帆の叫びで我に返って、襲っている奴を殴り飛ばして殺しました・・・。俺は急いで夏帆に駆け寄り抱き上げたんですが、夏帆は喉を喰い千切られて意識を失っていました・・・。そのままでは夏帆が死んでしまうと思った俺は、近くに行き着けの美容室を見つけてそこに立て籠り、タオルで傷を塞いで救急車を呼ぼうとしたんですが、繋がりませんでした・・・。途中で意識を取り戻した夏帆が、笑いながら俺に話し掛けてきてくれたのに、喉の傷から空気が漏れるだけで聞き取れず、夏帆はそのまま死にました・・・」
誠治はそこで一旦話を区切り、お茶を飲む。
皆んなは黙って誠治を見守っている。
僕は正直後悔した・・・。
話をしている誠治の表情は暗く寂し気で、今にも泣き出しそうだった。
「すみません、喉が渇いちゃって・・・」
誠治は苦笑して謝ると、さらに話を続けた。
「夏帆が死んだ後、俺は彼女の遺体を抱いたまま狂ったように泣きました・・・あの時油断をしなければ、事故車両の陰に奴等がいないかちゃんと確認しておけば、彼女が死ぬ事は無かったのに・・・そう思うと、悔しくて、自分が許せなかったんです・・・。ですが、夏帆が死んでしばらくして、俺はある異変に気付いたんです・・・死んだはずの彼女が動いた気がしたんです。俺が注意深く夏帆の遺体を見ていると、彼女がゆっくりと瞼を開けて俺を見ました・・・最初は嬉しかったんですが、急に恐ろしい程の不安感に襲われて彼女から離れたんです・・・目を覚ました彼女は俺に噛み付こうとしてきたんです・・・。すんでのところで夏帆から逃げた俺は、さらに襲い掛かろうとする彼女を美容室に残したまま外に逃げ出し、泣きながら自宅に帰りました・・・俺の事を忘れ、喰い殺そうとした彼女が怖くなり、その場に放置して逃げ出したんです・・・。俺は自宅に帰ってからも泣きじゃくり、暴れ回ってそのまま寝てしまいました・・・そのまま朝まで寝てしまった俺は、携帯が鳴っている事に気付いて起き、着信履歴を見て実家に電話をしました。電話に出た母に事情を説明し、母から九州・四国・北海道が無事である事を聞いた俺は、母に励まされて生き残る決心をしました・・・。俺はすぐに必要な物を準備して、自宅を出ました。まず最初に向かったのは夏帆のところでした・・・そのままにしておけば、人を襲ってしまう・・・優しかった彼女にそんな事はさせたくなかったし、始末をつけるのは俺の仕事だと思ったんです。夏帆のいる美容室に着いた俺は、レッグポーチに挿してる柳刃包丁で彼女にとどめを刺し、自宅から持って来ていた彼女の服を着せ、身だしなみを整えてやりました・・・血塗れの姿のままじゃ可哀想だと思ったんです・・・。その後、遺体に向かって昔話をしながら一夜を過ごし、生きてる間に渡してあげられなかった指輪をはめてやって、別れを告げて美容室を後にしました・・・」
「井沢、本当にすまない・・・辛い事を聞いてしまった・・・」
俯いていた僕は、父の言葉に顔を上げて誠治を見ると、彼の頬には一筋の涙が流れていた。
玉置や櫻木、永野も悲痛な表情をしている。
僕同様聞いてしまった事を後悔しているようだ。
「あ・・・すみません、気にしないでください・・・心の整理は出来たはずだったんですけどね・・・。逆に聞いてもらえた方が気が楽になるんで、良かったら聞いてくれたら助かります・・・」
涙を拭った誠治は、申し訳なさそうに言う。
父は黙って頷くと、誠治が語り出すのを待った。
誠治が話を始めてまだ10分程しか経っていなはずなのに、やけに時間の経過が遅い気がする。
興味本位で聞いてしまった僕達を責めるように、誠治の話が続いていく。
「俺は美容室を出た後、車や食料などの必需品と、サバイバル用品店でクロスボウやマチェットなどの武器を調達し、警察署に向かいました・・・生き残った警察官がいないか確認しに行ったんです。ですが、警察署には生きた人間は1人も残っていなかった・・・。俺は転化した警察官を倒して拳銃を手に入れ、他にも無いか署内を探し回りました。結果、証拠品保管室でライフル、散弾銃、拳銃とそれぞれの弾薬を手に入れる事が出来ましたが、警察署から出て車に乗り込もうとした時、クロスボウを持った男が現れ、物資を奪おうとしてきました・・・俺は全てを失うわけにはいかなかったので、男に交渉を持ちかけましたが、男は聞く耳を持たずクロスボウを構えて俺を殺そうとしてきました。俺は男の背後に視線を向け、奴等が寄ってきていると男を誘導して騙し、持っていた拳銃で男を撃ちました・・・。その時は敢えて殺さなかったんです・・・俺は助けを請う男を放置し、銃声を聞きつけてやってきた奴等に男を襲わせ、見殺しにしました・・・。警察署を後にした俺は、すでに陽が傾いていたのもあり、住宅街で滞在するのに良さそうなガレージを見つけ、そこで一晩過ごす事に決めました。俺がガレージで丸一日ぶりの夕食を食べようとしていると、ガレージの外から若い男女と子供の声が聞こえたんです・・・。俺は、最初はそいつ等を見捨てようかとも思いました・・・ですが、若い男女は子供を決して見捨てようとはしなかった・・・。俺は居ても立っても居られなくなり、気が付いたらガレージから出てそいつ等を助けてました・・・。その時助けたのが、美希と千枝、そして2人の兄の悠介です・・・」
今まで俯いていた誠治が顔を上げて出てきたのは、この変わり果てた世界で彼にとって初めての仲間であり、今では最愛と言って憚らない家族の名前だった。




