第22話 約束
父達が帰って来た事を知った僕は、入り口まで迎えに行ったが、誠治と玉置は話があると言ってその場を離れたらしく、すでに居なかった。
父と櫻木は、今夜櫻木達が泊まる場所について話をしている。
「杉田さん、申し出はありがたいですが、流石に3人も厄介になるのは申し訳ないです・・・我々は集会所でも構いませんよ」
「いや、せっかく来てくれたのにそれでは返って申し訳ない。集会所は板間だし、夜は冷える・・・いざという時の為にも、ゆっくりと休める場所を提供させて欲しい」
父達は押し問答をし、互いに引かない。
父は昔から頑固だが、櫻木もなかなかだ。
「櫻木さん、さっきの約束覚えてますか?良かったら、今夜教えてください!」
見かねた僕が櫻木に話し掛けると、彼はバツの悪そうな表情をした。
「覚えてるよ・・・貴宏君、ここでその話を持ち出すなんて策士だな・・・」
「何の約束かは知らないが、話はまとまったな!玉置さんと井沢が戻ったら私の家に行こう」
櫻木はため息をついて頷く。
父は僕の頭を撫で、小さな声で褒めてくれた。
「あれ・・・皆んなまだここに居たんですか?」
声がした方を振り向くと、そこには誠治がいた。
誠治の背後には玉置もいる。
玉置は背があまり高くないので、誠治の身体で隠れてしまっている。
「あぁ、戻ったか。いや、櫻木さん達が寝泊まりする場所で話をしていたんだ」
「どうなったんです?」
「うちに来てもらう事になったよ。櫻木さんは集会所に泊まると言ってたんだが、あそこは冷えるからな・・・」
「何から何までご迷惑をお掛けします・・・」
父が説明すると、玉置は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、構いませんよ・・・あなた方にはお世話になりますからね。聞いてみると、櫻木さんと貴宏が何か約束をしていたらしいですしね」
父がそう言うと、玉置は無言で櫻木を睨んだ。
睨まれた櫻木は肩を落として項垂れている。
「んじゃま、帰って夕飯の支度をしましょうかね!」
誠治は櫻木達を気にする事もなく歩きだす。
「井沢さん、玉置と何の話をしてたんです?」
「別にそれ程重要な話じゃないですよ。ただ、玉置さんについて気付いた事があったんで話をしただけですよ。ね、玉置さん?」
「そうですね、悩み相談みたいなものです」
櫻木に話し掛けられた井沢が玉置に振ると、玉置は柔らかい笑顔で答えた。
「それなら良いんですが・・・それにしても玉置に悩みねぇ・・・」
「何です?何か言いたい事があるならハッキリと言ってください・・・」
櫻木が意味有りげな目で玉置を見ると、ドスの効いた声で玉置が問い詰めた。
「いや、何でもないです・・・すんませんでした・・・」
「だったら最初から言わなけりゃ良いんですよ・・・」
玉置はため息をつきつつ櫻木に注意した。
櫻木は力なく頷いている。
「そう言えば、櫻木さんは明日予定ある?」
「いえ、特には・・・あるとすれば見回りとバリケードの点検くらいですが、何かありましたか?」
前を歩いていた誠治が項垂れている櫻木に話しかけた。
櫻木はしばらく考え、誠治に問い掛ける。
「じゃあさ、明日外に出ない?亡くなった隊員達の遺体を回収したいんだ・・・」
「井沢さん、我々はいつ何時自分が死ぬ覚悟は出来ています。彼等だってそうです・・・危険を冒してまで彼等の遺体を回収する訳にはいきません・・・。井沢さんのお気持ちはありがたいですが、この地域の安全が確保されてからの方が良いと思いますが?」
項垂れていた櫻木は、居住まいを正して誠治に答えた。
「確かにその方が良いのかもしれない・・・でも、彼等は九州の人間だ。彼等の家族も皆んな九州に居る。彼等の家族にちゃんと報告してあげたいんだよ・・・自分の家族の遺体にも会えないんじゃ、ちゃんとした別れも出来ないだろ?」
井沢は寂しそうな表情をしている。
「櫻木さん、出来れば私からもお願いしたい・・・彼等は、ここに来なければ生きていた。私達を助けに来たからこそ死んでしまったんだ・・・そんな彼等をちゃんと弔ってあげたい」
「わかりました・・・では、明日の午前中ここを出ましょう。奴等は運動公園に向かっていて少なくなっているでしょうが、時間が掛かってしまった時の事を考えれば早めに動いた方が良いですからね。永野、今夜の見張りを頼めるか?」
櫻木は了承し、永野に確認する。
「了解です」
「櫻木一尉、私はどうしましょう?一緒に行きましょうか?」
永野が引き受け、玉置が横から櫻木に話し掛ける。
「いや、玉置は残って見張りをしてくれ。あと、ここの女性達の手伝いをしてくれたら助かる・・・俺や永野より、同性のお前の方が彼女達も安心出来るだろうし、信頼関係を築いておけば救助の時に円滑に行動出来るだろう」
「わかりました。任せてください」
玉置は櫻木に笑顔で答えた。
思いの外櫻木への態度が柔らかくなった気がする。
「じゃあ明日はよろしくね櫻木さん!取り敢えず早く帰って夕飯の支度をしよう・・・流石にお腹が空いたよ・・・」
誠治は櫻木の肩を軽く叩くと、お腹をさすりながら言った。
「そうですね・・・私もお腹が空きました。今日はお昼を食べてなかったので流石に何か食べたいです・・・」
「その割には新個体を難なく倒してたじゃないか?」
同意した玉置を誠治がからかうように問い掛けた。
「あれは仕事中ですし、井沢さんから前以て聞いてたから対応出来たんですよ。そう言う井沢さんも私が1体倒す間に3体をあっと言う間に倒してましたよね?」
「ちょっと待て・・・玉置は新個体と戦ったのか?」
櫻木が驚いた。
「見事だったよ。足払いをして体勢が崩れたところを一撃だったからね!」
「先を越された・・・」
誠治が答えると、それを聞いた櫻木は肩を落とした。
「もしかしたら明日いるかもよ?まぁ、いない方が楽なんだけど・・・」
誠治は櫻木をなぐさめ、歩き出す。
僕は誠治の後を追い、皆んなと一緒に家に帰った。
「見事なものですね・・・美希さんに聞いてはいましたが、まさか本当に片手で料理をするなんて・・・実際に見るまで半信半疑でしたよ」
家に帰りつき、さっそく夕飯の支度に取り掛かった誠治を見て、玉置が驚いている。
「まぁ慣れだよ。美希が俺の両親の手伝いをしている時は、俺が家の事はしてるからね!」
「そう言えばこの前、美希さんが自分よりレパートリーが多くて悔しいって言ってたような・・・」
「あれ?何で玉置さんが最近の美希の事知ってんの?」
誠治が野菜を切りながら玉置に問い掛けると、玉置はあからさまに慌てている。
「それは・・・」
玉置は櫻木を見る。
櫻木は我関せずと言うように目を逸らした。
「えっと・・・実は、井沢さんが任務に就いている間、私が美希さん達の警護を任されていたんです・・・」
「えっ・・・マジで?」
誠治は手を止めて聞き返した。
「実は、玄蕃陸将から頼まれまして・・・九州は安全ですけど、何かあってからじゃ遅いと言う事で、井沢さんが居ない間は私が通ってたんです・・・。井沢さんが気にしたらいけないと思って、美希さん達にも黙ってもらってたんです・・・」
「誠治君ちょっとショックよ?俺だけ知らなかったとか寂しい・・・。まぁ、ありがとうね・・・俺は家を空ける事が多いから正直心配だったんだ・・・」
誠治は弱々しくお礼を言っている。
「こちらこそ黙っていてすみませんでした・・・。出来れば、この事は内密にお願いします・・・陸将から黙っておけと言われてたんですが、うっかりしてしまいました・・・」
「了解・・・。俺は陸将とは頻繁には会わないから大丈夫だよ」
「ありがとうございます!そうだ、私も何か手伝いますよ!最近、美希さんに料理を習い始めたんですよ!一人暮らしだと何かと手を抜いてしまうので、食生活の改善の為に教えてもらってます!!」
玉置は嬉しそうにお礼を言うと、袖をまくって台所に立つ誠治と父の側に行く。
櫻木は不安そうな表情で玉置を見ていた。




