第21話 玉置 奈緒 ②
杉田が人を集めに行って10分ほどが経ち、3人の男性を連れて戻ってきた。
「井沢さん、杉田さんが戻られたみたいですよ・・・」
「集まってくれて良かったよ・・・」
井沢は杉田を待っている間、私に話し掛ける事も無く、鼻歌まじりにふらふらと歩き回り、暇を持て余していた。
もし私に何か用があるのなら、杉田がいない間に話し掛けてくるかもしれないと思っていたのだが、全くそんな素振りは見せなかった。
私が心配し過ぎなのだろうか?
「すまない、待たせてしまった・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよ!皆さん、ご協力ありがとうございます!先輩は俺とでしたよね?あと1人はどうしましょうか・・・」
「僕が行きます!井沢さんには咲が迷惑を掛けてますから手伝わせてください!」
杉田と共にやって来た男性が自ら申し出た。
先程他の住民を集めてくれた男性だ。
杉田の家で母親に抱かれて寝ていた少女の父親らしく、目元が似ている。
「迷惑なんかじゃないですよ・・・あの位の子供は可愛くて仕方がないですからね!ころころと表情が変わって見ていて飽きませんよ!では、よろしくお願いします!」
井沢達が話をしていると、櫻木と永野も同行する住民との挨拶を終えて合流した。
「井沢さん、こっちも準備出来ました。まず、罠を仕掛ける場所の確認をしましょう・・・井沢さん達は北と東をお願いします。我々は南と西の通りを周ります・・・罠はいつも通りワイヤーを使い、奴等の侵入を防ぎます。仕掛けるワイヤーは一つの通路につき3ヶ所、頭・腹部・膝の高さで設置してください。奴等が複数現れた場合でも、3ヶ所設置しておけばそれぞれに掛かる負担を軽減出来ます。移動する時は、協力していただく方々を我々が挟むように縦一列で行きます。互いの進行具合などを無線機で確認しながら、手早く済ませましょう。以上ですが何か質問はありますか?」
櫻木は集落周辺の地図を広げ、位置を確認しながら指示を出していく。
皆は櫻木の説明に真剣な表情で頷く。
井沢も先程とは打って変わり真剣だ。
「井沢さん、そちらはお願いします。新個体との戦闘経験があるのは貴方と住民の方々だけです・・・我々はなにがあろうと彼等を守りますが、可能であれば玉置をフォローしてあげてください・・・」
「了解です。まぁ、元々そのつもりで玉置さんと組む事にしましたからね。櫻木さんと永野さんは一緒に組む事が多いので互いのフォローが容易ですが、俺が知る限りでは玉置さんが櫻木さん達と一緒に組んだ事は無い。だったら新個体と戦った経験がある俺が組んだ方が良いですからね。まぁ、少し思うところがあったってのも有りますが・・・」
井沢は快く了承したが、私と組んだ事に裏があるのは確からしい。
まぁ気にはなるが、今は任務に集中しなければ協力してくれている杉田達が危ない。
「では、行きましょう・・・」
櫻木は一度私達を振り返り、集落唯一の出入り口から外に出る。
私達は警戒しながら正面の通りを進み、交差点から二手に分かれた。
「井沢、入り口には設置しないのか?」
私達が二手に分かれてすぐに杉田が質問する。
「入り口に設置してしうと、いざという時に使えなくなりますからね・・・入り口はバリケードの強化と、見張りを増やすようにすれば大丈夫でしょう。玉置さん、俺達が担当する場所は何ヶ所でしたっけ?」
「3ヶ所です。他の通りは狭く入り組んでいて奴等も集中出来ないでしょうから、バリケードの強化だけで充分でしょう」
私は地図を広げて井沢に答える。
私達が罠を設置する場所は、比較的道端が広く、バリケードまで一直線に伸びている通りだ。
それ以外の通りは、以前住民達が簡易のバリケードを築いているため、そこを強化するだけで事足りる。
「ありがとう・・・。玉置さん、新個体は見た目は通常の個体と変わりませんが、人間を見つけると全速力で走って来ます。力も強いので注意してください・・・。銃の使用は控えたいところですが、複数現れた場合は頭より足を狙ってください。動きを鈍らせ、一体ずつ確実に仕留めた方が良いでしょう」
井沢は通りの角から先を確認しながら指示を出す。
彼の言った通り、走ってくる相手の頭を狙うのは骨が折れる。
頭が揺れ、軸がブレてしまうからだ。
生きた人間なら腹部を狙えば無力化出来るが、奴等は頭を破壊しない限り活動を続ける。
だが、立って走ると言う事は、足が地面に着いていなければ出来ない事だ。
足は体重を支え、地面に近い分ブレが少ない。
ならば、上下左右に揺れて狙い難い頭より、ブレの少ない足を狙うのは有効だ。
ただ、上下に動く膝や太腿などを狙うのも大変ではある。
「必要にならない事を願いますよ・・・。協力していただいてる方々を危険な目に遭わせたくはないですからね」
「そりゃそうだ・・・」
井沢はこちらを見ずに呟くが、声は少し笑っている。
井沢と組むのは四国以来だが、あの時同様不思議と安心感がある。
櫻木もかなり場数を踏んでいるが、まだ井沢ほどの安心感は無い。
まぁ、櫻木も頑張っているとは思うが、まだ自分で部下を率いて戦った方が楽ではある。
「そろそろ最初の目的地です。私と井沢さんで周囲を警戒しますので、杉田さん達は罠の設置をよろしくお願いします。事前に説明した通りにやっていただければ、5分も掛かりません」
「わかりました。井沢が使っていたのを見ていたので、大丈夫だと思います・・・」
私が杉田に指示を出すと、彼は少し不安そうに答えたが、事前の説明の時にはしっかりと出来ていたので問題は無いだろう。
「では、始めましょうか」
目的地に到着し、杉田達は素早く罠の設置に取り掛かる。
私と井沢は杉田達を挟むように二手に分かれ、電柱や放置車の陰から通りを見張る。
こちらに気付かない限りやり過ごすためだ。
井沢は電柱の陰で居心地悪そうにしている。
でかい身体を小さくし、とても窮屈そうなのが見てて笑える。
「終わりました、確認をお願いします」
杉田達は3分程で設置を済ませた。
私が確認をしたが、特に問題も無くしっかりと張れている。
彼等は最初に広場で会った時も一緒にいたので、普段から親しくしているのだろう。
なかなか連携が取れているようだ。
「問題ありません。次に行きましょう!」
私が笑顔になると、杉田達は安堵の表情を浮かべた。
私は、井沢とこの2人となら問題無く終わらせられると確信した。
櫻木達より早く済ませてみせると密かに対抗心を燃やした。
「ここが最後になります。先程まで何もありませんでしたが、気を引き締めて行きましょう」
私達は、何事も無く順調に最後の目的地までやって来れた。
奴等は丘の上の運動公園に行っているのか、今の所出会っていない。
だが油断は禁物だ。
離れた場所にいた奴等がここを通る可能性もある。
「先輩、あまり緊張し過ぎるとポカしますよ?」
「わかってはいるが、なかなか思うようにはいかないよ・・・」
井沢は杉田に話し掛ける。
そんな事を言ったら余計に緊張するのではないだろうか?
「よし、終わったぞ!どうだ!?」
杉田は井沢に答えつつも、手を休めずに設置を済ませた。
3度目で慣れたのか、最初よりも早かった。
「お2人共流石です!問題ありません!」
「良かった・・・杉田さんが器用で助かりましたよ・・・」
「君が手伝ってくれて助かったよ・・・。玉置さんと井沢もありがとう。2人のおかげで集中して出来たよ」
2人は嬉しそうにしている。
私も2人を見て嬉しくなり、携帯無線機を取り出して櫻木に報告する。
「こちら玉置、こちらは終わりました!」
『やけに早かったな・・・こっちはあと少しだ。そっちは入り口の方に行っててくれ。こっちも終わり次第向かう』
「了解です!こちらには奴等はいませんでしたが、そちらは大丈夫ですか?」
「玉置さん、声が大き過ぎだ!奴等が気付いたぞ!!」
私が櫻木に報告していると、井沢が叫んだ。
私は井沢に注意され、慌ててそちらを見た。
「新個体1、あとは通常の奴だ!新個体は俺が・・・」
「いえ、私にやらせてください!」
私は素早く無線機を置き、井沢の指示を待たずに新個体へと向かった。
確認出来るのは、新個体の他に通常の個体が3体、通常の個体は動きが遅く、かなり距離がある。
新個体は前に出た私に向けて全速力で近付いてくるが、防御もせずに真っ直ぐ走って来るので問題はなさそうだ。
「まずは1体目!」
私は新個体が摑みかかる寸前で身を屈め、足払いをした。
そいつは勢い良く前のめりに倒れ、直ぐに起き上がろうとしたが、私はそいつの背中を踏み付け抑えつけると、マチェットで頭を叩き割った。
杉田達はそれを見て唖然としていた。
だが、そこに井沢の姿は見えず、私は周囲を見渡した。
背後を見ると、後から来ていた通常の個体は、3体目が井沢によって撫で斬りにされていたところだった。
井沢は私が動き出したよりも後に、直ぐ様標的を変え、通常の個体を始末していたようだ。
「お見事です。流石井沢さんですね!」
「あぁ、それはお互い様だ・・・」
私は戻って来た井沢に話し掛けたが、彼は神妙な表情で私を見て、歯切れの悪い言い方をした。
「玉置さん、井沢、2人共見事だったよ。片付いたようだし戻ろう」
杉田は井沢の表情を見て異変に気付いたのか、私と井沢を促した。
「はい・・・」
井沢は小さく返事をし、先を歩き出す。
私達はその後を離れないように入り口に戻った。
「櫻木さんも帰って来たみたいだな」
入り口付近まで戻ると、反対側の通りから櫻木達が歩いてくるのが見えた。
「玉置さん、後で話しがある」
杉田達が櫻木に気付き手を振っていると、井沢が私の近くに来て小さな声で話し掛けて来た。
「わかりました・・・」
私も杉田達に聞かれないように返事をした。
恐らく、さっき指示を待たずに動いた事だろう。
自分の所為で奴等に気付かれた事もあり、挽回しようと勝手に行動したのだ。
井沢は自衛隊に所属してはいないが、隊内での扱いは一尉相当だ。
自衛隊と行動する時にはそれなりの権限も与えられている。
今回は私が先走ってしまったのだから、お叱りを受けても仕方がない。
私達は櫻木達が来るのを待ち、集落の中に入った。
「皆さんお疲れ様でした!あなた方のおかげで滞りなく設置する事が出来ました。本当にありがとうございました!」
櫻木は帰り着くと、皆の前に出て頭を下げた。
協力してくれた人達は笑顔で頷き、それぞれの家に帰って行った。
「櫻木さん、少しだけ玉置さんを借りるよ」
「それは構いませんが、何かありましたか?」
井沢に話し掛けられた櫻木は、井沢の様子を見て少し不安そうな表情をした。
「いや、これと言って問題は無かったよ・・・ただ、聞きたい事があるだけだよ」
「わかりました・・・」
井沢は小さく笑って答えると、私を振り返る。
「玉置さん、ちょっと歩こうか?」
「はい・・・」
私を見る井沢の表情は先程とは違って柔らかいが、それでも少し違和感がある。
私は井沢の後ろを追うように歩き出した。
「井沢さん、先程はすみませんでした・・・。大きな声を出して奴等に気付かれた上に、指示にも従わず申し訳ありません・・・」
私は前を行く井沢に謝った。
すると、彼は立ち止まって私を見て口を開く。
「玉置さんさ、櫻木さんとうまく行ってないでしょ?」
私は井沢が何を言っているのか理解出来なかった。
怒られると思っていた私は、言葉に詰まった。
「確かに指示に従わなかったのはダメだけどさ、実際見事なものだったよ?何事も無かったし、反省してるなら何も言うつもりは無いよ。でも、久しぶりに玉置さんと会ってからなんか違和感があってさ・・・さっきの戦い方を見て気付いたんだよね」
井沢はそう言うとまた歩き出した。
「違和感ですか?」
「そう、1年前に四国で一緒に戦った時は気にして無かったけどさ、玉置さんて櫻木さんの事苦手でしょ?対抗心があると言うか、先を越されて悔しいと言うかそんな感じに見えるんだよね・・・」
私が問い掛けると、井沢は歩いたまま答えた。
確かに井沢が言っている通りだ。
私は櫻木だけが昇任した事が納得出来ていないし、櫻木の指揮の取り方にも疑問がある。
私が黙っていると、井沢はそのまま話を続ける。
「玉置さんはさ、俺と一緒で集団より個人での戦いの方が得意でしょ?俺の場合は矢面に立った方が仲間の危険が減るし、何より自衛隊からの依頼で単独行動が多いからだけど、玉置さんは組織に属して、基本的に仲間と行動しないといけない。でも、玉置さんにとって今のやり方って不満があるんじゃない?」
「はい・・・」
私は小さく答えた。
彼の言ったように、今のやり方は私にあまり合っていない。
だが、組織に所属している以上、上の指示には従わないといけない。
「君が一尉に昇任出来なかったのはそこなんじゃないかな?櫻木さんも最初は君と一緒で個人での戦いの方が得意だったんだよね・・・でも、彼は変わった。組織に属するからには、自分だけが強くなるんじゃダメだって気付いたんだ・・・確かに全員が強くなれば問題は無いけど、皆んなが同じレベルになるのは大変だからね。だったら、足りない部分を補って皆んなで取り組んだ方が作戦の成功率も上がるし犠牲も減る。今までに何度か櫻木さんと一緒に仕事をしたけど、彼は会う度に変わって行ってたよ・・・実際、彼個人の強さは相当なもんだと思うよ?本気でやったら俺以上だと思う。でも、今は仲間と一緒に戦う事を選んだ・・・仲間と一緒に戦って生き残る道を選んだんだ。最近の彼は、慣れない戦い方であたふたとして頼りなく見えるかもしれないけど、俺は今の方が彼に合ってる気がするよ!だって楽しそうだしね!後は経験を積めばきっと良い指揮官になると思うよ。たぶん、上もその事を評価したんじゃないかな?」
井沢は語り終えると、私を振り返る。
その表情は優しい笑顔を浮かべている。
「私も変わればもっと上に行けるでしょうか・・・。別に上に行ってどうこうしたいって訳じゃないですけど、自分なりに努力した結果が評価されないのは、やっぱり悔しいです・・・」
私が問い掛けると、井沢は困ったように考え込む。
「櫻木さんのやり方でどうにかなるかはわからないけど・・・玉置さんは、一緒に戦う仲間の事は好きかい?」
「はい・・・色んな人がいますけど、皆んな気の許せる仲間だと思います」
「だったら、今まで自分の為だけにして来た努力を、今度は皆んなの為にしてあげたらどうかな?上に行くだけが全てじゃないんじゃないか?確かに向上心は大事だけど、今大切な仲間がいるなら、その人達と生きる為に努力しても良いと思うよ。皆んなで一緒に生き残れば、それこそが努力の結果だしね!上の人間は全てを見ている訳じゃないから、結果で判断するしかない・・・でも、そうやって小さな結果を残して行けば、時間は掛かってもかならず評価されると思うよ!だって、男の俺から見ても玉置さんは凄いと思うし、櫻木さんも格闘戦では勝てないって言ってたしね!」
そう言った井沢は照れたように笑うと、そそくさと歩き出した。
後ろからでも耳まで赤いのがわかる。
「井沢さん、ありがとうございます・・・私も自分なりに頑張ってみようと思います!」
私がお礼を言うと、井沢は振り返らずに手を振りながら歩いて行く。
なんだか心の中に突っかかっていた物が取れた気がする。
今まで辛く当たってしまっていた櫻木に対し、これからは彼の成長を見守り、私自身も仲間と共に成長する努力しようと心に誓った。




