第19話 櫻木 大輝
僕達は櫻木達を家に招き、リビングに集まった。
咲の母が皆んなにお茶を用意する。
咲の父は自衛隊が来たことを皆んなに報せに行ったので、今は席を外している。
「狭い家ですが、ゆっくりされてください」
「ありがとうございます。改めまして、私は櫻木 大輝、陸上自衛隊で一尉を務めております。1年前のあの日、政府と我々自衛隊はあなた方国民を見捨て、多くの方々が命を落としました・・・謝って許される事ではありませんが、大変申し訳なく思っております・・・」
父が櫻木達に席を勧めると、櫻木は改めて挨拶をし、深々と頭を下げた。
玉置と永野も櫻木の後ろで頭を下げている。
櫻木達は、先程誠治と話をしていた時とは打って変わり、沈痛な面持ちだ。
「頭を上げてください・・・少なくとも、ここの住民はあなた方自衛隊を今は恨んでいる者は殆どいませんよ。ただ、最初の頃は恨みがあったのは確かです・・・なぜ助けに来ないのか、なぜこの事態を放置しているのかと・・・。ですが、いつまでも恨んでいては先に進めません。あなた方自衛隊も、我々と同じ人間です・・・確かに政府と自衛隊は、1年前我々を見捨てたかもしれない・・・でも、今は危険を冒してまで我々を救助しようとしてくれています。それに、あなた方が北海道や四国、九州の安全確保を優先していなければ、日本は壊滅していたでしょう・・・。今は恨み言を言っている場合ではありません・・・。我々は午前中に集会を開いたのですが、互いに協力し皆で生き残るのが先決だと話し合ったところでした。ですので、自衛隊の方々には、皆の救助を宜しくお願い致します・・・」
父は櫻木に手を差し出す。
櫻木は父の手を固く握り締め、握手をする。
「お気遣いありがとうございます・・・我々は、命に代えても必ず皆さんを救い出します!」
櫻木の目には涙が浮かんでいる。
誠治はそれを見て満足そうに微笑み、頷いていた。
「では、今後について話をさせていただきます。まず、15時から他の住民の方々への挨拶と明日から救助当日に掛けての予定について話をさせていただきたいのですが可能でしょうか?」
櫻木が落ち着くのを待ち、玉置が父に聞いた。
「今私の友人が、あなた方が来た事を皆に報せに行っています。戻り次第、再度集合を掛けましょう」
「ありがとうございます・・・我々といたしましても、救助活動を円滑に進める為には皆さんのご協力が不可欠です。杉田さんにはこの様に暖かく迎えていただき、さらには協力までしていただいて感謝の言葉もごさいません・・・。では、準備がありますので、今から集会所へと案内していただけますでしょうか?」
「わかりました。では、友人もそろそろ戻ると思いますし、今から集会所に向かいましょう。着きましたら、私と友人で再度皆に集合を掛けます」
父は席を立ち、櫻木達を集会所へと案内するため外に出た。
「杉田さん、皆んなに報せて来ましたよ!あれ?何処か行くんですか?」
僕達が父の後を追って家を出ると、咲の父が戻って来た。
12月だと言うのに、彼は汗だくになっている。
「すまないが、もうひと走りしてもらう事になった。櫻木さん達を集会所に案内した後、皆に集合を掛ける・・・今後について話をしたいそうだ。私も後から行くから、先に皆に報せてくれないか?」
「わかりました、では行ってきます!」
咲の父は、息をつく間も無く再び走り出した。
「先輩、俺も行きましょうか?流石に彼が可哀想ですよ・・・」
誠治が咲の父を見て苦笑している。
「良いんじゃないでしょうか?あの人も最近は運動不足でお腹が出て来ましたから、痩せるチャンスです!」
「旦那さんに優しくしてやりなさいよ・・・愛する嫁さんに辛く当たられたら泣いちゃいますよ?俺は実際泣きましたし・・・」
咲の母の発言に、誠治が遠い目をしながら呟いた。
「井沢さんは相変わらず美希さんの尻に敷かれてますからね、見てて面白いですよ!14も歳下の奥さんにひれ伏すおっさんの姿はシュールですからね!」
誠治は、思い出し笑いをしている櫻木の後頭部を無言で殴った。
櫻木はあまりの痛さにその場に蹲っている。
「櫻木一尉も懲りませんね・・・」
「そんなんだから他の隊員からの信頼が無いんですよ・・・」
玉置と永野は、蹲る櫻木に対して辛辣な言葉を投げかけ、誠治の後を追って集会所に向かう。
「えっと・・・櫻木さん、大丈夫ですか?」
「あぁ、心配してくれてありがとう・・・。慣れてるから大丈夫と言いたいところだけど、井沢さんの拳は相変わらず痛い・・・手加減してくれても良いのになぁ・・・」
僕が櫻木の顔を覗き込むと、彼は涙目でボヤいている。
あれは自業自得と思ったが追い討ちをしては可哀想だったので、黙っておいた。
「そう言えば、君の名前を聞いてなかったね!さっき自己紹介したけど、俺は櫻木 大輝だ!」
彼は改めて自己紹介をし、僕に握手を求めた。
「杉田 貴宏です・・・先程櫻木さんと話をしていたのは僕の父です・・・」
「おぉ、杉田さんのご子息か!礼儀正しい息子を持ってお父さんが羨ましいな!」
「えっと・・・宜しくお願いします・・・」
「あぁ、我々自衛隊は二度と君達を見捨てない!それに、ここには井沢さんも居るから、彼がいれば安心だよ!なにせ、井沢さんは俺や玉置二尉にとっては命の恩人であり、奴等との戦い方を教えてくれた師匠でもあるからね!!」
櫻木は豪快に笑うと、僕の頭を撫でて歩き出した。
なぜ誠治が戦いのプロである自衛隊員の命の恩人であり、師匠なのだろうか?
僕は櫻木の言葉が気になった。
「貴宏君、すまないが集会所はどっちだ?皆んなを完全に見失った・・・」
「えっと・・・案内します!」
「おぉ、ありがとう!助かるよ!!」
沈んだ表情で戻って来た櫻木に僕は笑顔で案内をかって出たが、内心この人は普段の誠治よりも頼りないと思ってしまった。
玉置や永野からの信頼が薄いのが、更に不安を掻き立ててしまう。
「いやぁ、面目無い・・・俺は、四国で井沢さんと一緒に戦って以来ずっと前線に出ててね・・・戦いにも慣れて階級も上がったけど、いまいち部下からの信頼が薄いんだよ・・・。部下を率いる立場として、皆を不安にさせないようにと常に自信を持って、明るく振る舞ってはいたけど、逆に軽く見られるようになってしまったんだ!今更態度を変えるのはカッコ悪いし、どうしたら良いんだろうな・・・」
櫻木は項垂れながら語っている。
彼は彼なりに仲間の事を考えていると知り、頼りないと思ってしまった事を申し訳なく思った。
「井沢さんって凄いだろ?あれでも元はサラリーマンだったって言うんだから自信無くすよ・・・普段はおちゃらけたりして馬鹿な事も言うけど、いざ戦いになると、俺達自衛隊ですら尻込みする様な状況でも、果敢に戦って生きて帰ってくるんだ・・・。前に一度、何でそんなに戦えるのか聞いたらさ『自衛隊が減れば一般人が戦わないといけなくなる。俺は戦えるんだから戦わないとな』だってさ・・・自分もその一般人の1人なのに、そんな事言うんだよ彼は・・・。自衛隊の中にはさ、彼を信奉する隊員も出てくるくらい人気者なんだよ。誰にでも分け隔てなく接するし、彼の言葉には説得力もある・・・彼は、自衛隊の幹部連中を差し置いて、理想の上司No1とまで言われてるんだよね・・・」
櫻木は歩きながら誠治について語り続ける。
その内容は誠治に対する嫉妬の様に聞こえるが、彼の表情は柔らかい。
「俺はさ、彼に憧れてるんだよ・・・。俺は部下の命を預かる身だ・・・だから、俺は彼の様に仲間を守り、安心させられる存在になりたい・・・っと、人が集まっているあそこが集会所かな?貴宏君、案内ありがとうな!あっ・・・俺が今言ってた事、井沢さんには内緒な!彼に知られたら絶対にからかわれるからさ・・・」
集会所を見つけた彼はスッキリした表情で笑い、口元に人差し指を当てて僕に頼んできた。
「わかりました!その代わり、四国で一緒に戦った時の話とかもっと教えてください!」
「取引を持ち出すとは、貴宏君はやり手だな!わかった、後で聞かせてあげるよ!」
僕と櫻木は指切りをし、皆んなの待つ集会所に入った。
僕は集会所に着くまでの間櫻木の話を聞いた事で、彼の事が好きになった。




