第1話 地獄の中の平穏
ジリリリリリリ!!!
目覚まし時計のけたたましい音が部屋に響き渡る。
「ん・・・もう朝か・・・」
僕はもぞもぞと布団から這い出し、目覚まし時計を止めて時間を確認する。
「もう8時かぁ・・・夜中に目が覚めちゃったからまだ眠いな・・・」
そう思いつつも身体を起こし、伸びをして立ち上がる。
「お父さんはもう外に行ったのかな・・・」
僕は自分の寝ていた布団を確認したが、隣に寝ていたはずの父の姿は無かった。
昨夜は、この集落の周りに生ける屍達が集まり、大人達はバリケードの強化と見回りをしていた。
今朝も状況確認をすると言っていたので、父もそちらに向かったのだろう。
「お父さん大丈夫かな・・・最近あまり寝てないみたいだけど・・・」
父の心配をしつつ布団を片付け、洗面所で顔を洗った。
洗面所に向かう途中、台所にも父の姿が無かったため、やはり集落内の安全確認に行っているようだ。
「今日もパンか・・・たまにはお米食べがたいな・・・」
僕は洗面所で顔を洗った後、台所に行って朝食の準備をした。
トースターでパンを焼き、目玉焼きとサラダを用意してテーブルで食べ始める。
電気が来なくなって半年程になるが、この集落の空き地には太陽光発電のパネルがある。
生き延びた人達の中に居た技術者が、企業が設置したものを流用したらしい。
だが、そのために必要な機材を集める際、何人かが奴等に襲われて命を落とした。
「ごちそうさまでした」
僕は食事を終え、食器を片付ける。
台所の窓から外を見ると、大人達が集落内を注意深く見て回っている。
それぞれが手に武器を携え、2人1組で警戒している。
このコミュニティを形成し、バリケードで集落を囲んでから、今までに一度も奴等が進入した事は無い。
だが父の提案で、奴等が周りに集まった時には、安全が確認出来るまで女子供は家から出ないようにしている。
力の劣る者達を守る為だ。
「お父さんまだかな・・・早く遊びに行きたいな・・・」
僕は食器を洗いながら小さく呟いた。
カチャッ
不意に台所の扉が開く。
僕は驚いてそちらを振り返った。
「ただいま貴宏。集落内は大丈夫だったよ」
台所に入って来たのは父だった。
「びっくりした・・・もう、おどろかさないでよ!お父さん、おかえりなさい!」
僕は父をジト目で睨み、駆け寄った。
父は申し訳無さそうな表情をし、僕に目線を合わせる。
「それはすまなかった・・・。もう大丈夫だから、遊びに行っても良いよ!ただ、必ず大人達のいる所で遊びなさい・・・いいね?」
父は僕に謝り、集落内が安全である事を伝えると、笑顔で僕の頭を撫でた。
「うん!じゃあ行ってくるね!お昼には帰ってくるから!!」
父に笑顔で答え、僕は急いで外に出た。
この集落には50人程の人達が暮らしていて、その中で子供は僕も含めて15人だ。
年齢は幼稚園から中学生までバラバラだが、年長者は幼い子達の面倒を見たりと、喧嘩もなく結構仲良くやっている。
「あっ!貴宏お兄ちゃんだ!」
僕が集落内の公園に着くと、幼稚園に通っている位の女の子が駆け寄ってきた。
その子の名前は佐川 咲ちゃん。
僕がいつも遊んであげている子だ。
「おはよう咲ちゃん!昨夜は怖くなかった?」
「うん!ママが一緒だったから大丈夫だったよ!」
咲は僕に抱き着きながら笑顔で答えた。
「貴宏君、いつも咲の面倒を見てもらってごめんね・・・この子がまとわりついて大変でしょう?」
しゃがんで咲の頭を撫でていると、1人の女性が話し掛けてきた。
咲の母親だ。
彼女は苦笑しながら咲を抱き上げ、僕に謝った。
「大丈夫です!咲ちゃんは良い子ですし、僕も妹が出来たみたいで嬉しいですから!」
「わたし、貴宏お兄ちゃんは優しいから大好き!」
母親に抱かれながら、咲が笑顔で僕に言ってきた。
それを見て、咲の母も僕も笑顔になった。
「ありがとう、僕も咲ちゃんの事大好きだよ!」
そう言いながら咲の頭を撫でてやると、僕の手に頭を預け、気持ち良さそうにしている。
「貴宏君には本当に感謝してるの・・・翔太が・・・この子のお兄ちゃんが死んでから、咲はずっと寂しそうにしてたから・・・。私も夫もまだ悲しいけど・・・死んでしまった翔太のためにも笑顔でいなきゃいけないって思ってた・・・でも、この子はなかなか立ち直れなくてね・・・貴宏君がこの子に優しくしてくれて、一緒に遊んでくれて、やっと笑顔を見せる様になってくれた・・・貴宏君、本当にありがとうね」
咲の母はそう言うと、涙を浮かべていた。
「ママ、どこか痛いの?」
咲が不安そうに母親の顔を伺う。
「ごめんね咲、大丈夫よ・・・!ほら、貴宏君と遊んでらっしゃい!」
彼女は目元を拭って笑顔になり、咲を降ろした。
「じゃあ咲ちゃんは何して遊びたい?」
「うんとね・・・おままごとしたい!」
僕は笑顔で頷き、咲の手を引いて砂場に向かった。
咲の母親は、死んでしまった息子を懐かしむ様に、優しい表情で僕達を見守っていた。