第15話 頼み
「井沢、自衛隊に連絡出来たって事は、ひとまずは安心って事で良いのか?」
父は夕飯を食べながら誠治に問い掛けた。
今は18時、父と誠治は昼食も摂らずに一日中外で走り回っていたのもあり、かなりの空腹に襲われ早めの夕飯にしたのだ。
「まぁ、ひとまずはって感じですね・・・新個体の出現で計画の練り直しが必要ですから、どの様な形で救助をするのかが一番の問題です。先輩、この近辺に広くて見晴らしの良い場所ってありますか?」
父は席を立って窓際まで行き、カーテンを開けて指を差す。
「窓の外に丘が見えるだろ?あの上に広い運動公園がある。そこなら見晴らしも良いしかなり広い・・・それがどうかしたのか?」
「いや、もしここ以外で救助をするならそこになりそうですからね・・・。自衛隊の救助ヘリはかなり大型なので、この集落の広場では狭すぎるんですよ・・・ただ、実際あの丘まで行くとなると難儀ですね・・・距離があり過ぎる。新個体がいる中で、集落の人達50人をあの場所まで連れて行くのはかなり危険です・・・」
誠治は俯きながら思案する。
「そのヘリはどんな物なんですか?」
僕は誠治に問い掛けた。
この集落の広場は確かにあまり広くはないが、ヘリが着陸出来ない程の狭さではないと思ったからだ。
「チヌークと言って、陸自の輸送ヘリだよ。定員は55名だから、住民だけなら1機で大丈夫なんだ・・・だけど、救助の為に自衛隊の隊員達も来るから2機は必要なんだ。そうなると、どうやってあそこまで住民を連れて行くかが問題だ・・・。安全確保の為、奴等を1ヶ所に集めて殲滅する手もあるけど、時間が掛かってしまう。それまでこの集落のバリケードが保つかもわからないし、何より今日の襲撃者の仲間がまた来る可能性もあるんだ・・・」
誠治は僕が分かりやすいようにゆっくりと答えてくれた。
「そうか、まぁ自衛隊の立てる計画次第だな・・・今俺達がどうこう言ったところで何も出来ないからな・・・。だが、まだ早いかもしれないが正直安心したよ・・・これで貴宏を安全な場所に連れて行ってやれる。お前が来てくれて助かった・・・ありがとう!」
父は誠治を見つめてお礼を言う。
その表情は、母が死んでから今まで見せた事の無い、心の底から安堵した表情だった。
「お礼はまだ早いですよ先輩・・・そう言うのをフラグって言うんですよ?この戦いが終わったら結婚するんだ・・・とか、そんな感じの事は言わないようにしないと!」
誠治は照れたように頭を掻いている。
口ではこう言っているが、満更でもないようだ。
「そうだな・・・フラグついでにもう一つ頼みがあるんだが、良いか?」
「なんですか?自分が死んだら貴宏君を頼むとかは無しにしてくださいよ?貴宏君には先輩が必要なんですから・・・」
「真面目な話だ・・・」
父の真剣な表情を見た誠治は、居住まいを正して座り直した。
「もし救助の最中に何かあった場合、俺を含めたこの集落の住民は後回しにしても良いから、貴宏を連れて行ってくれ。それは他の皆んなも納得している・・・」
「何言ってるのお父さん!?」
僕は叫んだが、父は僕を無視して誠治を見つめている。
「理由を聞かせてください・・・それ次第です・・・」
「貴宏、リストバンドを外しなさい・・・」
父は誠治に頷くと、僕を見て指示した。
僕は父の真剣な眼差しに逆らえず、ゆっくりとリストバンドを外した。
誠治は、僕の腕の傷を見て絶句した。
「井沢・・・見ての通り、この子は噛まれている・・・。今までお前に黙っていてすまなかった・・・。この傷は1年前、俺の妻・・・貴宏の母が転化して噛んだ傷だ。だが、この子は転化せずに今も生きている・・・もしかすると、この子には抗体があるかもしれないんだ・・・人類の希望になるかもしれない!だから頼む、何があっても無事に連れて行ってくれ!」
父は誠治に頭を下げる。
誠治は黙って僕と父を見つめている。
「先輩、俺は頼まれなくてもちゃんと助けますよ・・・確かに貴宏君は人類の希望になるかもしれない・・・でも、他の人達だって死んで良い命じゃない。俺はここの人達全員を必ず安全な場所に連れて行きます!皆んなとも約束しましたからね!ただ、貴宏君の事は先輩もしっかり守っててください・・・俺だけじゃどうにもならない時もありますからね・・・」
「あぁ、お前には本当に迷惑を掛けるな・・・」
「気にしないでください・・・」
父は誠治に握手を求め、誠治は父の手をしっかりと握った。




