第14話 単眼鬼
貴宏に戻ります。
「お父さん、お帰りなさい!」
僕は、無事に帰って来た父達を見て安堵し、居ても立っても居られず車に駆け寄った。
咲の父も一緒に駆け寄ろうとしたが、僕を気遣ったのか立ち止まり、少し離れて見守ってくれている。
「貴宏、こんな所にいたら危ないじゃないか・・・。いや・・・すまない、遅くなって心配させてしまった父さんが悪いな・・・。ただいま、なんとか無事に帰ってこれたよ!」
「うん、お帰りなさい・・・」
父は僕の頭を優しく撫で、抱き締めてくれた。
大変な思いをしたのか、父は少し汗の匂いがする。
だが、僕はこの匂いが嫌いじゃない。
父はいつも僕を守る為、汗水流して頑張ってくれている。
この匂いは父が頑張った証なのだ。
嫌いになんてなれる訳がない。
「貴宏君、遅くなってゴメンな・・・心配しただろ?お父さんのおかげで、俺も助かったよ・・・」
「いえ、誠治さんも無事で良かったです・・・お父さんを守ってくれてありがとうございました!」
僕がお礼を言うと、誠治は頭を撫でてくれた。
彼の手は父より大きく、撫で方が少し乱暴だが、不思議と嫌な感じがしない。
僕が少し痛がると、手を放して笑っている。
「守るも何も、君のお父さんが居なかったら俺は戻って来れなかったよ・・・。君のお父さんは頼りになる凄い人だよ。大きくなったら、お父さんみたいな人になれるように頑張らないとな!」
「はい、頑張ります!」
「おっ、良い返事だ!貴宏君みたいな息子が居て、先輩が羨ましいですよ・・・俺の娘の千枝なんて、将来結婚するならお父さんみたいに無謀な事をしない人が良い!って言うんですよ・・・。俺、家族の為に頑張ってるつもりなんですけど、酷くないですか?」
そう言った彼は涙目になって項垂れている。
「まぁ、お前の戦い方を見てるとな・・・お前自身は慣れてるから良いかもしれないが、周りから見たら心臓に悪いぞ?正直、いくら情報収集の為とはいえ、まとまった新個体と戦いたいって言い出した時は馬鹿だと思ったよ・・・。確かに情報は必要だが、今お前がやらなくても良いだろ?自衛隊に連絡を取って、彼等と一緒に居る時に調べれば良かったんじゃないか?」
父は項垂れる誠治に追い打ちをかける。
誠治は見るからにシュンとして地面に正座をしている。
周りの人達は、身体の大きい誠治が縮こまっているのを見て笑っている。
「まぁ、確かにそうなんですけど・・・でも、彼等と常に一緒に居れる訳じゃないですから・・・集団での戦い方に慣れた状態だと、もし1人になった時に新個体に囲まれたらヤバいじゃないですか・・・。なら、先に1人での戦い方に慣れてた方が皆んなに教えられて役に立つし、自分も慌てなくて済むかなって思ったんですよ・・・」
彼は大きな身体をモジモジとさせながら父に答える。
なんだか見ていて可哀想になってしまう。
「はぁ・・・お前の気持ちは解るが、見てる方の身にもなれ。お前が死んでしまったら、俺達はどうすれば良い・・・お前の家族になんと説明すれば良い?お前が責任感が強いのは良く解ったが、それと家族の事は別だろう?家族の為と言うなら、お前は無事に帰って安心させてやるべきだ・・・」
「はい、すみませんでした・・・肝に命じます・・・」
父は、誠治が涙目で謝るのを見て、苦笑しながら頷いている。
誠治はそれを見て立ち上がり、僕の方を見た。
「なんだかゴメンな・・・助けに来た奴がこんなんで呆れただろ・・・?」
「そんな事無いです!誠治さんが戦ってなかったら、お父さんも無事に帰って来れなかったと思いますから・・・。誠治さんは強くて優しい人だと思います!」
泣きそうだった彼の表情は、僕の言葉を聞いてみるみる明るくなって行く。
「おぉ・・・なんて出来た子なんだ・・・!俺よりもしっかりしてる感じがする!!俺の中で、貴宏君の株が急上昇してるよ!!」
「お前は、しっかりしてるのか単純なのかわからないな・・・馬鹿はその位にして、そろそろ自衛隊に連絡した方が良いんじゃ無いか?」
父が、僕を抱き上げた誠治を窘めると、誠治はキョトンとした顔をした。
忘れていたようだ。
「お前なぁ・・・」
「あはは・・・面目無い・・・今から連絡します!!」
誠治は父の説教が始まりそうなのを見て、慌てて車に戻った。
「本当にあいつは大丈夫なのか?あんなんで良く今まで生き残れたな・・・」
父と周りの人達は、慌てて車の中を漁っている誠治を見ながら呆れたような表情をしている。
誠治には申し訳ないが、僕も若干呆れている。
あの鬼の様に強い姿からは想像も出来ない程に抜けていると言うか頼りなく感じてしまう。
「よっしゃ取れた!さっきの衝突で車の中がしっちゃかめっちゃかで、取り出すのに苦労しましたよ・・・」
誠治は大きめなケースを小脇に抱えて戻って来た。
「それか?思っていたよりは小さいな・・・」
「これは衛星を経由して会話出来るんですよ。本来は通信科の備品なんですけど、今回は借りて来ました。さっきので壊れてなければ良いんですけど・・・」
誠治はテキパキと組み立てながら説明する。
「あとは衛星の位置なんですが・・・ぶっちゃけ俺じゃわからないんで、位置を修正しながらやってみます・・・」
「便利ではあるが、結構面倒なんだな・・・」
父は肩を竦めて呟いた。
「こちら井沢・・・聞こえるか?」
『なっ、井沢さん!?良かった、生きてたんですね!?連絡が無かったので、皆んな心配していましたよ!副艦長なんて捜索に行くって言って大変だったんですよ!!』
「繋がって良かった・・・すまないが、問題が起きた・・・田尻艦長か酒井さんは今話せるか?」
『わかりました、少々お待ちください!』
通信士は誠治の言葉を聞き、慌てて上官に連絡を取る。
「なんと言うか、やけに砕けた感じの人だな・・・」
「あはは・・・まぁ、暇な時には良く一緒に馬鹿騒ぎしてますからね・・・。酒井さんにバレたら説教されそうで怖い・・・」
誠治は、父の言葉を聞いて冷や汗を流しながら青ざめている。
「酒井さんというのは?」
「俺がお世話になってる護衛艦の副艦長ですよ。俺や仲間達が1年前に関東を脱出した時に、救助してくれて・・・その後も何かと気にかけてくれている人です。少し説教好きな所がありますけど、なかなか面白い人ですよ!」
誠治は優しい表情をしている。
酒井という自衛官を信頼しているのが伺える。
『誠治君、無事だったのか!!心配したんだぞ!?』
父と誠治が話していると、無線機から慌てた様な声が聞こえてきた。
「酒井さん、連絡が遅れてすみませんでした・・・」
『いや、無事なら良いんだ!それより、問題が起きたと聞いたが、何があったんだい?』
酒井は深呼吸をし、息を整えて問い掛ける。
「酒井さん、俺を送ってくれた自衛官が3人とも亡くなりました・・・。俺は昨日の昼過ぎに目的の集落に着いたのですが、彼等と連絡が取れなかったので、今日探しに行ったんです・・・そしたら、3人とも既に・・・。2人は噛まれ、もう1人は自殺をしていました・・・」
『そんな・・・彼等は、今迄君と共に何度も作戦に従事していた者達だぞ・・・奴等に遅れを取る様な事は無いと思っていたんだが・・・』
酒井の声かなり動揺している。
「その事ですが・・・酒井さん、奴等の中に新個体が現れました・・・恐らく、彼等はその新個体と遭遇したと思われます・・・」
『なっ・・・新個体だって!?上からはそんな情報は入って無いぞ!!』
「俺もここに来て初めて遭遇しました・・・。見た目は通常の奴等と変わりませんが、力が強く動きが素早い上に跳び掛かってきます・・・。酒井さん、新個体はかなり危険です・・・1体や2体ならまだ対処も出来ますが、集団になったら手に負えません・・・」
誠治の言葉を聞き、酒井が絶句する。
「酒井さん、実はもう一つ問題があるんです・・・この集落には、50人程が暮らしているらしいんですが、全員を救助するにはチヌークが2機は必要です。でも、ここには2機が同時に着陸出来る場所がありません・・・ですが、もし集落の外で救助するとなると・・・」
『集落外だと新個体と出くわすか・・・。
わかった・・・この件は、すぐ上に報告をしておく。結果がわかり次第連絡するから待っていてくれないか?そちらの守りは大丈夫かな?耐えられそうかい?』
「はい、入り口や他の通りに面した場所にはバリケードがありますし、皆さん協力的です。それと、ここをまとめている人は俺の大学時代の先輩でしたよ・・・まさかこんな場所で再会するとは思ってませんでしたから、かなり驚きましたよ・・・」
誠治は、心配そうな酒井を安心させる様に落ち着いて話している。
『そうか、それは良かった・・・皆さんにもよろしく伝えてくれたら助かるよ。君にはいつも迷惑を掛けてしまうが、頼りにしているよ!そう言えば、隊内での君の通り名を聞いたかい?なかなかカッコイイ通り名じゃないか!似合っていると思うよ?』
酒井は少し笑っているような声音で言った。
「どこがですか・・・いくら何でも、あれは酷いですよ・・・」
『単眼鬼・・・名は体を表すって言うし、ピッタリだと思うよ?君は大きいし力もある。それに隻眼だろう?それに戦っている君は鬼そのものだし、皆んながそう言いたくなるのもわかるよ!』
僕と父は、誠治の通り名を聞いて噴き出した。
父は、腹を抱えて笑っている。
「やめてくださいよ・・・皆んな面白がってるだけですよ!からかわないで下さいよ・・・さっき先輩に叱られて凹んでるんですから・・・」
誠治は恥ずかしそうに赤面している。
『ははは、それは悪かったよ!じゃあ、結果がわかり次第連絡するよ!それまで持ち堪えてくれ・・・必ず救助に向かう!』
「はい・・・必ず皆んなを助けましょう!」
酒井と誠治は互いに誓い合い、通信を終えた。
「ぷっ・・・よろしくな単眼鬼!!」
「五月蝿いですよ先輩!気にしてるんですから言わないでくださいよ!!」
誠治はからかう父に、涙目で叫んだ。
流石に可哀想になってきた。
「お父さん、誠治さんが可哀想だよ・・・」
「ははは!悪い悪い!なかなか厨二感溢れる通り名だったから面白くてな!もう言わないから許してくれよ・・・」
父が謝ると、誠治は項垂れたまま小さく頷いた。




