第12話 襲撃
この話は貴宏に戻ります。
父と誠治が自衛官を捜しに出てから、すでに半日が経過している。
午前中に出たにも関わらず、今はもう陽が傾き始め、あと少しもすれば夜になってしまいそうだ。
暗くなると見通しが悪くなり、奴等の発見が遅れてしまう可能性が高く、ここの大人達も皆んな夜にはバリケードの外には出ないようにしている。
「お父さん達大丈夫かな・・・まさか何かあったとかじゃないよね・・・?」
僕は集落の唯一の出入り口の近くで、父達の帰りを待っている。
ここで待ち始めてから3時間近くなるが、見張りをしている人から、父達が帰って来たとの報告は無い。
「貴宏君、お父さん達が心配なのはわかるけど、ここは何があるかわからないから危険だよ・・・帰って来たら教えてあげるから、なんなら僕の家で待ってたらどうだい?」
僕がバリケードから入り口から少し離れた場所に座り込んでいると、それを見兼ねた1人の男性が話し掛けて来た。
その男性は咲の父親だ。
彼は父と仲が良く、僕はその繋がりで咲とも仲良くなり、面倒を見る事になった。
「でも、お父さん達が出てから結構経ちますよね・・・。家に居ると悪い想像ばかりしてしまって、落ち着かないんです・・・もしお父さん達に何かあったらって思うと、怖くて仕方ないんです・・・」
「その気持ちは解るよ・・・僕も貴之さんに何かあったらって思うと不安で仕方ないよ。でも、今日は貴之さんの後輩の井沢さんも一緒に行ってる・・・僕も昨日バリケードの隙間から井沢さんの戦い方を見てたけど、本当に彼は凄まじかった・・・最初は危険を顧みない自殺行為だと思ったけど、立ち回りや状況判断が的確で、自分の間合いを保ち、尚且つ必ず一撃で奴等を倒していた。彼は今まで相当場数を踏んで来たんだろう・・・そんな彼が一緒なんだ!もし今日帰って来れなかったとしても、必ず生きて戻ってくる・・・僕はそう思ってるよ!」
咲の父は、涙ぐむ僕の頭を撫でながら笑顔で励ましてくれた。
彼は僕に対して、咲と同じ様に優しく接してくれる。
父は厳しいところがあり、僕はよく怒られるが、咲の父には今まで一度も怒られたことが無い。
僕が怒られたり、注意されている時には必ずと言っていいほど助け船を出してくれる人だ。
「おじさん、ありがとうございます・・・!でも、もう少しだけ待ってて良いですか?ちゃんと家には帰りますので・・・」
「仕方ないなぁ・・・あと少しだけだよ?もしお父さん達が今日帰って来れなかったら、貴宏君は僕の家に泊まると良いよ!咲も喜ぶからね!」
彼は少し困ったような表情をしていたが、諦めてため息をつき、笑顔で言ってくれた。
「じゃあ僕もここで一緒に待ってようかな!こんなおじさんが話し相手じゃ退屈かもしれないけどね!」
彼は僕の隣に腰掛け、こちらを見て微笑んでいる。
「退屈なんてとんでもないですよ!嬉しいです!」
僕は慌てて彼に頭を下げた。
「相変わらず貴宏君は礼儀正しいよね・・・僕が君の年齢くらいの時とは大違いだよ・・・。なんだか貴宏君と話してると、子供と話してる感じがしない時があるよ・・・」
「なんかすみません・・・」
「いやいや、謝らなくても良いんだよ!礼儀正しいのは良い事だからね!咲にも、君みたいに優しく、礼儀正しい子に育って欲しいよ・・・まぁ君が面倒を見てくれているから、その辺は心配いらないかな?」
僕が謝ると彼は慌てて首を振り、娘のことを思いながら優しく呟いた。
「咲ちゃんは可愛いくて、優しくて良い子ですよ!こんな僕の事を、お兄ちゃんって呼んで慕ってくれますし・・・」
僕はリストバンドで隠した噛み傷を撫でながら答えた。
1年前、僕を守るために奴等に襲われ、転化した母に噛まれた傷だ。
今では痛みも無く、傷も塞がって傷痕だけが残っている。
本来なら、僕も母と同じ様に転化しているはずだった。
だけど、僕は今もまだ変わらず生き続けている。
「貴宏君・・・君はちゃんとした人間だよ。僕や妻、咲と同じ人間だ・・・君は確かに噛まれたかもしれない。だけど、転化しなかっただけで、君は今でも僕達と同じだよ!ここの人達は皆んなそう思ってるよ!だから自分の事を、こんなとか言って卑下するのはやめてくれ・・・」
彼は悲しそうな表情で僕を諭した。
彼だけじゃなく、ここの人達は皆んな僕の事を普通の人間として接してくれている。
むしろ、特別視しているほどだ。
僕は感染せずに生きている。
それは、僕が抗体を持っている可能性があるからだ。
だけど、仮に僕が特別な存在で無かったとしても、皆んなは変わらず接してくれていただろう。
それ程ここの人達は仲間を思いやり、家族として暮らしているのだ。
「おじさん、ありがとうございます・・・嬉しいです!」
僕は彼の言葉を聞いて、涙を流してしまった。
彼は心配そうに僕の顔を覗き込む。
「おい、車が来たぞ!杉田さん達じゃなさそうだ!」
僕達が話をしていると、入り口の門の近くにある家の2階で見張りをしていた人が叫んだ。
咲の父は慌てて入り口の方へ走り、隙間から様子を伺う。
僕も気になり外を見る。
通りの奥に車が2台停まり、中から5人の男が出て来てこちらに向かってくる。
男達は、それぞれ手に武器を持っている。
その中には、銃を持った奴もいるようだ。
「貴宏君、危ないから下がっていなさい・・・出来れば、他の皆んなに報せて来てくれると助かる」
咲の父は、緊張の面持ちで僕を門から離れさせる。
「わかりました!」
僕は彼に返事をし、走り出そうとした。
だがその瞬間、大きな破裂音が響き、僕は驚いて身体を強張らせ動けなくなった。
男達が銃を発砲したのだ。
「どうもこんにちは・・・この門を開けて中に入れてくれないか?」
門の外から声が聞こえる。
「お前達は何者だ!何しにここに来た!?」
見張りをしている人が、外の男達に叫んだ。
クロスボウを構えて警戒している。
「俺達は物資が欲しくてね・・・ここにある物をいただきに来たんだよ。食料と武器、それと女だ・・・。大人しく渡すなら殺しはしない。だが、嫌だと言うなら何人か死んでもらう事になる。お前達がたいした武器を持ってない事は知ってるから、抵抗しようとしても無駄だと忠告しておこう・・・見ての通り、こちらは銃を持っている。あっちの車に居る奴等も持っている・・・」
外の男は淡々とした口調で、見下したように喋っている。
「ふざけるな!ここは俺達の場所だ!ここの物資も人もお前達に渡すものなど一つも無い!!」
咲の父が叫ぶ。
他の人達も口々に外の男達に対して叫んでいる。
「そうか、なら仕方ないな・・・手荒な真似はしたく無かったんだが、これもお前達が選んだ事だ・・・」
男がそう言うと、もう一度銃声が響いた。
僕は奴等が何を撃ったのかわからなかった。
「おい!しっかりしろ!!」
上から叫び声が聞こえそちらを見ると、見張りをしていた人が窓から落ちそうになっているのを、もう1人の見張り員が支えている。
落ちそうになっている人は、頭から血を流している。
その光景を見て、その人が撃たれた事に気付いた。
僕は恐怖で身体が動かなくなり、心臓が早鐘を打つ。
「おい、車を持ってこい!門をこじ開けるぞ!!急がないと死人どもがやってる!!」
外の男は仲間を呼び、門をこじ開けようとしている。
周りの人達は仲間が撃たれた事に動揺し、すぐに動けないでいる。
「お父さん・・・誠治さん助けて・・・!!」
僕は涙を流し、恐怖に震えながら祈った。




