第10話 賊
「先輩、あまり身を乗り出さない様にしてください!掴まれたら引き摺り下ろされます!」
「あぁ、わかってるよ!そっちはどうだ!?」
俺と貴之は左右に分かれ、ダンプに殺到してくる奴等を上から倒している。
素早く動く新個体は、跳びかかり登ろうとして来たが、車体に手を掛けたそばから腕を切り落とした。
「新個体は全部腕を切り落としたので、登ってこれる奴はいなくなりました!後は頭を潰すだけですよ!」
「こっちも同じだ!ただ、数が多いから腕が疲れて来たよ!」
俺達はひたすらダンプの下に向かって武器を振り下ろし、奴等を倒し続ける。
だが、俺は押し寄せる奴等の中にいた1体を見て動きを止めた。
「井沢、どうした!何かあったのか!?」
動きを止めた俺を見て、心配した貴之が叫ぶ。
「いえ、見知った顔があったので・・・。やっぱり駄目だったのか・・・」
俺の視線の先には、迷彩服に身を包んだ奴がいる。
そいつは俺に掴み掛かろうと腕を伸ばしてくる。
「すまない・・・帰ったら一杯飲もうって約束は無駄になっちまったな・・・」
俺は迷彩服を来た奴に武器を振り下ろす。
そいつは頭を斬られ、その場に崩れて動かなくなった。
「お前を送ってくれた自衛官か?」
「はい・・・気さくで愉快な男でしたよ・・・」
俺は貴之に静かに答え、作業に戻る。
自衛官の遺体は、俺が倒している奴等の死体に覆われ、見えなくなっていく。
「他の人達が無事なら良いな・・・」
「はい・・・」
俺を気遣い、貴之が優しく呟く。
俺は小さく返事をした。
その後は、群がる奴等を倒しきるまで一言も喋らなかった。
「片付きましたね・・・先輩、LAVに行ってみましょう」
「あぁ・・・」
俺は動いてる奴等がいないことを確認し、貴之に提案した。
彼は頷き、慎重にダンプの荷台から降りてくる。
「先に俺が行きますから、後をついて来てください。まずは車内を調べます」
「わかった・・・くれぐれも気を付けてくれ。中にいたら危ないからな・・・」
俺は彼の言葉に頷いて答え、ゆっくりとLAVに近付き、中を確認する。
中には誰も居らず、助手席に血が付いている。
「中には誰も居ません。ただ、助手席に血が付いているので、ここに来る前に1人噛まれているみたいです・・・もう少し確認するので、先輩は周囲を警戒しててください」
「こっちは任せろ」
彼は手短に返事をし、LAVから離れて通りが見やすい位置に移動した。
「無線機と装備が無いな・・・残りの2人は詰所に居るのか?それにしては静かすぎるが・・・」
俺は車内を一通り調べ、通りから詰所の2階を見た。
明かりは点いておらず、人がいる気配は全く無い。
「先輩、詰所の中を調べてみましょう!2階があるみたいですから、そっちを確認します!」
「わかった、すぐに行く!」
俺は彼が戻るのを待ち、警戒しながら詰所の扉を開けた。
車庫には人も奴等もいない。
だが、地面には水溜りの様に大量の血が広がっている。
「井沢・・・もしかすると、他の人達ももう・・・」
「えぇ、この血の量です。止血をしても、恐らく助からないでしょう・・・俺も彼等もこういった仕事をしてますから、いずれはと覚悟はしてましたが、仲間が死ぬのは何度経験しても慣れないものですね・・・」
俺が力なく答えると、貴之は目を伏せ俯いた。
「上に行きましょう・・・」
俺は気持ちを切り替え、階段に向かった。
貴之は背後を確認しながら後をついてくる。
階段にも血が滴った跡がある。
俺達は階段を登りきり、耳を澄ませて中の音を聞いてみるが、物音は無い。
俺は壁に身体を隠しながら、ゆっくりと扉を開けて中を見た。
見える範囲には誰もいない。
「先に入ります・・・俺が合図を出すまでここに居てください・・・」
小さな声で貴之に指示を出し、ゆっくりと室内に入る。
俺は中に入って周囲を見渡し、目を伏せた。
入り口の死角にあたる場所に、2人の自衛官が倒れていたのだ。
1人は腕に噛まれた痕があり、額を撃ち抜かれて死んでいる。
もう1人は右手に拳銃を持ち、こめかみに銃創がありその周囲が焼け爛れている。
その自衛官の遺体には、噛まれた痕は見当たらない。
恐らく、転化した仲間を撃った後、自殺をしたのだろう。
「先輩・・・中は大丈夫です・・・」
俺が呼ぶと、貴之はゆっくりと室内に入り、自衛官達の遺体を見て絶句した。
「俺を送ってくれた自衛官は、皆んな駄目でした・・・恐らく、ここに来る前に奴等に襲われ、ここでも集団に襲撃を受けたんでしょう・・・仲間を2人失い、自殺したと考えられます・・・。新個体の情報は彼等も知らなかった。急にあれに襲われたら、いかに自衛官とは言え、パニックになると思います・・・」
「井沢・・・」
項垂れる俺を気に掛け、貴之が話し掛けて来たが、彼は言葉が続かなかった。
「助けに来たってのに、心配掛けてすみません・・・。先輩、室内を調べましょう・・・彼等の装備を見つけないと・・・」
俺は目元を拭い、室内を見渡す。
だが、目に付く場所には彼等の装備や物資が見当たらない。
「井沢・・・これはどういう事だ?」
貴之もそれに気付き、困惑した様に聞いてきた。
「先輩!窓から下を見ててください!」
俺はすぐさま彼に指示を出し、入り口を塞いだ。
「どうしたんだ一体!?」
「罠かもしれません・・・この街にいる他の生き残りが、彼等の物資を盗んだ可能性があります・・・。物資や装備が無くなっているのに、LAVはそのままでした。恐らく、LAVを餌にして他の生き残りをおびき出すつもりかもしれません!」
俺は説明をしながら、入り口の反対側の壁にアンカーを撃ち込み、そこから部屋を1周する様に、壁に沿う形でワイヤーを張っていった。
高さは一般男性の首の位置、入り口の所だけはワイヤーを床に垂らし、俺と貴之はその範囲に入らない様に部屋の奥に下がった。
「井沢・・・お前の予想通りみたいだぞ・・・銃を持ったのが5人近付いてくる・・・」
「先輩、窓から離れてください・・・狙撃される危険があります・・・」
俺は貴之を窓から離れさせ、俺達を嵌めようとした奴等を待ち伏せた。




