失われたものは戻らないようです
『鏡』とはなんぞや。
騎士団長は首をひねる。
「別に難しいことじゃないんだぜ? つまりだな……」
訝し気な騎士団長に、ニンマリ、アマネは笑った。
「愛したら、愛してくれるぜ」
そうして吐かれた言葉は詩人のようでした。
え……。恋人?
「……ん、んん?」
眉を跳ね上げた騎士団長。そんな彼に、アマネはさらにケラケラと笑う。
「だからさ、鏡なんだって。こっちが感情を向けただけ返してくれるからさ、ミコトは」
鏡。
――それはつまり、感情とかそう言ったものを映したそれだといいたいのだろうか。
そんな。……、まさか、
「ミコトさんがそんなに素直なわけがない」
思わず真顔で言った騎士団長。
それを聞いたアマネは。
「いやいや。あいつは自分に正直で、すっげえ真っ直ぐじゃねえか」
真顔で言いかえしてきた。
「……。………………………」
騎士団長の視線は宙をさまよう。脳裏によみがえるのはミコトの言葉。行動。暴言。暴挙。それは―――。
「……確かに、ミコトさんは嘘つかないな」
「だろ?」
なるほど、そう考えれば正直ではあるのだろう。
圧倒的に言葉が足りないっていうか理不尽っていうか……うん、理不尽だけど。
そして。
「ミコトはさあ、基本面倒くせえか面倒くさくねえかで他人を大別してんだよな」
大別の仕方もなかなかに理不尽だった。ていうか果てしなく自分本位。
「……大雑把だな」
「わかりやすいだろ?」
呟いた騎士団長に、アマネは笑った。
「ちなみに『面倒くせえ』に入っちまったら終了だな。何処にも這い上がれない。興味ない人間にはひっでえから、あいつ。空気のように扱うっつうか本気で見えてねえのかと疑うぜ」
笑ったまましみじみと言ったアマネ。
這い上がる余地すらないらしい。
そして何気に『面倒臭い』=『空気以下』が判明。
「……あっ……」
しかし騎士団長は思い当たって小さく声を上げる。思い出したのだ、そうあれはまだ人間大陸に居た頃、様々な騒動に巻き込まれたけれども、そうして最終的にスラギの暴走に若干霞んでいたけれども、あったではないかミコトがらみの珍事件。
求婚騒動である。
あの時のミコトはひどかった。徹底的に言い寄ってきた美女をいないものとして無視していた。
哀れだった。
とても、哀れだった。
『嫌い』よりも『無関心』の方が心に与えるダメージって大きいものだ。
というか、そうか、あれは面倒事から逃げていたのではなくミコトの中であの美女が終了していたのか……。
そして騎士団長が思い当たったことがあるというのに気付いたのか、「そうだろう、そうだっただろう」と憐憫の瞳で頷いているアマネ。
いったいどんな犠牲者を目の当たりにしてきたんだろう。
「じゃ、じゃあ、『面倒臭くない』場合は……?」
騎士団長は話を戻した。
「ああ、そりゃ普通に対応……っていうか、口きいてくれる。そのあとは向けられる好意の大きさに比例して、ミコトの対応も変わってくるんだよ」
『面倒臭い』か『面倒臭くない』かのジャッジは気分によりけりのことも大いにあるらしいけど、と言ったアマネは爽やかだった。
この期に及んで『気分』とは何処までも理解が難しい自由人クオリティである。
そして『面倒臭くない』の最底辺は『口をきいてくれる』らしい。つう、と冷汗がつたった騎士団長。
「……えっと……。一応、俺たちには口きいてくれるけど……」
まさかの最底辺に位置していたりするのだろうか、自分たちは。
が。
「いんやー? 結構あんたたちは上の方だと思うぜ?」
アマネはそうして、いたずらっ子のように笑ったのだった。