二度あったことが三度ないことを願います
――それは、アマネを含めた七人での旅、そして魔大陸という未知の旅路にもいい加減慣れたころ。
つまりはスラギとアマネが喧嘩を始めてそれをミコトが時に言葉の刃で、時に物理的な刃でとめたりとか、気まぐれに魔物に襲われてみたりとか、魔族な盗賊が出没して一瞬でスクラップにされたりとか。
そんな感じで数週間が順調に過ぎたある夜の事である。
「あれ? 珍しいな、アマネさん」
一応これでも騎士であるからして、時間ができたときには多少の鍛錬はすることにしている。……息抜きの面も否めないが、それはそれだ。
ともかくそんなこんなで素振りで汗を流してきた帰り、いつもならスラギやミコトとじゃれているのか殺しあっているのかよくわからない戯れに興じているはずのアマネが、なぜだか一人で食堂に居るのを見かけたのである。
珍しい。本当に、珍しい。
喉が渇いていたこともあり、騎士団長も食堂に足を踏み入れて話しかけた次第であった。
「あれ? 団長さんか」
振り向いたアマネはひらひらと手を振る。
ああ、やはりこういう時、アマネは自由人の中でも比較的常識人寄りなのではないかと感じるのだ。
比較的。
ともあれ、さりげなく示された正面の席に腰を下ろす。
「どうしたんだ? 姫さんは?」
騎士団長が水を注文する傍ら小首を傾げてアマネは聞いてくる。
「ああ、イリュートがいるから大丈夫だ。アマネさんは? ミコトさんとスラギは一緒じゃねえのか?」
すぐにやってきた水を受け取りながら尋ね返す騎士団長。
ちなみになんだかんだ言いながらミコトからの抜魔力薬のおすそ分けを常に装備しているので、魔大陸産の水でも何も問題はない。
ともかく。
「あー。今は、避難中」
「避難中?」
アマネの回答に今度は騎士団長が首を傾げた。それにアマネは苦笑を返す。
「そう。ミコトの雷が今スラギに落ちてっから。とばっちりは御免だ」
なるほどミコト様からの避難。
ていうか何をやらかしたスラギよ。
「……」
胡乱な視線を向ければアマネは苦笑を深くして。
「えーと、実験中にスラギがふざけて、実験器具がひっくり返って、鬼神降臨?」
あー……。
目に浮かんだ。
「やっちまったんだなあ」
「やっちまったんだよ」
それはお近づきになりたくない。ミコトは何事にも無関心が基本だが、自分の行動を邪魔されるのはお嫌いだ。
それが薬品実験のお邪魔であったなら猶の事である。
数か月しか行動を共にしていない騎士団長でもそのくらいのことはわかる。
なのにスラギよ、この中で最もミコトと長く時間を共有していながらそれをやらかしたというか。
「アホなのか?」
「アホなんだよ」
騎士団長のつぶやきに、アマネは即答だった。
そうか、アホなのか。
知ってた。
ははは、騎士団長とアマネは仲良く乾いた笑いをこぼした。
アマネ曰く、そのアクシデントが起こったのはつい先ほどの事であるからしてまだしばらくは警戒警報が発令中であるため戻れないらしい。物のついでなので、騎士団長もしばしともに時間を潰すことにした。
が、そこでふと思う。
――先ほどまでの会話である。
普通、だったなと思い返せるそのやりとり。
つまり、話が通じたのだ。
自由人を相手にしているのに。自由人を、相手にしているのに。
やはり、どこか、わずかながらでも、アマネという男は常識人の片鱗が残っているのではないか? そんな考えがわいたくらいには。
だってアマネは両性体じゃないし。魔力無尽蔵でもないし。全属性魔法の使い手でも神聖魔法の使い手でもない。
ちょっとミコト信者が行き過ぎてて肉体と精神が頑丈すぎるだけだ。
だから、騎士団長は思いついた。そして、聞いてみた。
「なあアマネさん。あんたって、」
声に反応し、アマネは騎士団長を見て首を傾ける。そんな彼に続けた。
「俺の名前、覚えてるか?」