恩を仇で返してはいけません
決めるところは決めているお人好しな宿主の好意で、魔大陸産『おいしい野菜』のソテーが本日の夕飯と相成った四人である。
たいへんヘルシーかつシンプルな夕食であった。
まあ、見た目は……あれだ。
真っ赤だったりとか真っ青だったりとか驚きのエメラルドグリーンだったりとか目にも鮮やかな毒々し……魔大陸クオリティでした。
食べるのに勇気が必要であったことは正直に告白しよう。だってもうここ数か月、ミコトさんの安心・安全・美味しいご飯しか食していない身にはなかなかハードルが高かったのだ。
まあ何の前触れもなく薬品ぶっこまれたこともあるけど。
それでミコトが信用できなくなったかといえば声をそろえて「ノー」なのだから全員相当とりこになっている。
手遅れなことなんて知ってたからもういいのだ。その葛藤はもう飽きた。
ともかく。
最初の一口を口にしたのは、騎士団長であった。この期に及んでやっぱり無理です食べられませんなどという無礼はできない。
ていうか見てるから。宿主のレモンイエローな鬼のおっさんがにこにこと笑顔に見えない笑顔でこちらを注視してるから。
宿主の誠意を信じ、一口。
でだ。
――結果として、確かに「ぱーん」とはならなかった。
普通に食べることができたのだ、その野菜たちは。
そこは心底安堵した。
だからこそ、騎士団長に続いてほかの三人も口にしたのだ。
が。
「……」
「……」
「……」
「……まず、」
ばっと一斉に横から三人の手が伸びてイリュートの口をふさいだ。
何てこというのこの正直なお口は! めっ!
「「「は、ははははは」」」
笑ってごまかした。
幸いぼそりとしたイリュートの声は耳に届かなかったようで、挙動が大変不審極まりない騎士団長たちを不思議そうに宿主は見詰めている。
いや、まあ、ぶっちゃけ不味いよ?
とくに芸術品とすら言える最高級に美味なるミコト様の神の料理に慣れきった贅沢な舌にはきっついよ?
へたってるし、味つけは強烈だし、そのくせ野菜自体はうまみを全力で出し切りましたといわんばかりにすかっすかだよ?
『おいしい野菜』の癖に名称詐欺である。
が。
それをいっちゃダメ。駄目だから!
きっと仕方ないんだよ、ほら、本来生食するはずの食べ物だもの。
だから。
「……は、はは、確かに、これなら私たち人間にも問題ありません。感謝します」
ひねり出した謝意に嘘はない。
ないったらない。
ちょっとミコトを攫って行った自由人二人に怨みが募っただけだ。
「そうか、そりゃあよかった」
そうして悪意のない笑みを浮かべる宿主。……ほら。ほら! このお人好しの彼の心を傷つけるなんてできない。ていうかやっちゃいけない。
人として!
ので。
「そ、そう言えば、本当にずいぶん私たちに親切にしてくれますね。……正直、人間の私たちは物珍しいくらいで、あまり歓迎はされないと思っていました」
騎士団長は話を逸らした。
「あー、そりゃ、あんたらからすりゃあそう思うかもしれねえな」
その話題に、思いのほか宿主は苦笑して応じる。
……当たり障りのなさを求め、しかし疑問には思っていたこの話題だが。
「……何か、理由が?」
自由人に聞いても「こんなものだろう」としか返ってこなかった疑問の答えが、まさかのここで明らかになりそうな雰囲気に四人は身を乗り出した。
「ああ、ちょっと前にな」
宿主は懐かしむように眼を細めた。
そうして告げられたのは。
「――菩薩のごとき人間が、魔大陸を救ったんだよ」
思っていたより規模がでかかった。