獲物が網にかかったら全力で釣り上げましょう
そうして、やってきました食堂である。
「……」
「……」
「……」
「……」
そこに広がっていた光景は。
毒々しいほどに真っ赤な血の滴る生肉を大変おいしそうに口にしていらっしゃる魔族の方々でした。
久々に感じた命の危険。
喰われる! という思いと「ぱーん」ってなっちゃうよとか楽しそうに言ってたスラギの笑顔がぐるぐる回る。
スラギの笑顔にイラッときた。
ともかく。
知ってはいたけど。今までも見たことあったんだけど。生肉食する魔族の方々。だって食堂がオープンな宿だってあったし。食べ歩きとか屋台とか、そういうのも普通に存在してるし。
だが。
今、騎士団長たちは四人だ。四人だけだ。
すなわち、それが意味することは自由人が傍にいない。
ミコトもスラギもアマネもいない。
いないのだ。
自由人の泰然自若とした態度、傍若無人なふるまい、容赦などない奔放な行動。
どれもに頭を悩ませてきたが、そして時々爆発してしまえと切に願うが、なかなかどうしてここ・魔大陸では彼らの、その常と変わらぬ自由っぷりに助けられていたのだと、こんなところで痛感するとは不覚である。
鬼とか龍族っぽいのとか獣人とか魚人とか、吸血鬼っぽいのとか岩男とかハーピーとかに囲まれた今現在、常識から逸脱しない人間である騎士団長たちはちょっと泣きそうである。
ていうか涙目である。
――と、そこへ。
「――おい、」
「「「「きゃあああああああっ!?」」」」
唐突に背後から声をかけられたものだから、四人そろって乙女のような悲鳴を上げて後ずさった。
ちなみに王女とサロメは互いの手をぎゅっと握って身を寄せていた。
そして騎士団長とイリュートも手を取り合って身を寄せていた。
「……」
「……」
「……」
話しかけてきたのはレモンイエローな鬼の宿主だった。
女性陣と宿主はそろって白い眼を男性陣に向けた。
騎士団長とイリュートはそっと互いの身を離した。
で。
「なんですか?」
何もなかったことにして騎士団長は宿主に話しかけた。
「……いや、人間のあんたらが食堂に向かうのが見えてな。どうするつもりなのかと」
何もなかったことにしてくれた宿主は心優しい鬼だった。
そして、もちろん四人はその優しさに食らいつく。
「そ、そうなんです! いつもは問題ないんですが、今日は食事のことを引き受けてくれている仲間が急に『別行動』になって、困っていたんです!」
「右も左もわかりませんの!」
「魔族の方々とは全く同じ食事は難しいと聞いておりますので……!」
「どうしたらいいか、よく、わからない……」
「お、おお、そうか……。そうだろうと思ったよ、あんたらさっきまで玄関のところでなんかごちゃごちゃやってたもんな」
四人の勢いに宿主は引き気味だった。
しかも先ほどまでの挙動不審をみられていたと判明した。
その上。
「別行動って、あの綺麗な兄ちゃんたちが食事担当だったのか?」
なんかすげえ笑顔だったよな、と続けた宿主はわずかに顔が引きつっていた。
先ほどの挙動不審どころか一から十まで見られていた。
それでもそんな不審者一歩手前の見も知らぬ泊り客に声をかけてきた宿主は本当に心優しい鬼であると騎士団長たちは思った。
「え、ええ……」
騎士団長は宿主の問いへ曖昧に返す。
この親切な鬼を逃せば勝機はない、そう本能で悟っていた。
ので。
「……すみませんが、人間でも食べて問題がないメニューって、何かありませんか?」
騎士団長は本題を切り出したのである。