知らない方がいいことなんてたくさんあります
「「「「……」」」」
四人は黙りこくる。
魔族の主食・魔獣の生肉。
何がそんなに問題か? どこもかしこも問題であるといわれれば返す言葉はない。
いや、百歩譲って生であるのは良しとしよう。よしとできる。なぜならば食べたところでお腹を壊すだけだ、死には至るまい。
だが。
――問題は『魔獣の』、という点である。
『魔獣』とは何かの話をしよう。
この世界には魔力を持ち、知能の低い獣が存在する。――しかしそれは『魔物』の一種である。例えば以前の一角ウサギのように、人を襲い魔石を持つ。
が、それと『魔獣』はまた、違うのである。
魔力を持つこと、そして知能が低いことは確かに同じであるといえよう。だが、魔獣は魔物と違って、他の生物を襲ったりはしないのである。
なぜなら、『魔獣』とは人間でいう『家畜』に該当する生き物であるからだ。
つまり。
鶏や豚、牛などと同じであるという事だ。
証拠に魔力はあるが魔石は持たない。魔獣の持つ魔力のもとは、日々摂取している魔力をふんだんに含んだ魔大陸の穀物である。
魔族というのは人間よりも魔力を多く保持している。そして体内の魔力の残量が健康にも関係してくるのである。このため、食事の中で魔力を補充することが一般的なのだ。
だからこそ、魔力を持った獣である魔獣が飼育され、その魔力を多量に含んだ生肉を好んで魔族は主食としているのである。
ちなみに魔大陸でしか魔獣は飼育できないし、飼育されていない。
騎士団長たちも魔大陸にくるまで、その存在すら知らなかったものである。
……ではなぜ今は知っているのか?
それはもちろん、なぜか何でも知っているミコトさんが教えてくださったからに他ならない。初めて魔族の宿に泊まり、食堂を眼にした時にこぼれ出た疑問に何でもないことのように回答を与えてくださったのだ、黒髪の麗人は。
そう、なぜかミコトは知っていた。
そしてスラギも知っていた。ミコトの話に口出してきたもの。
その上アマネも知っていた。話を聞きながら平然としてたもの。
……あれ? 知らないこっちが可笑しいのかな……そんな不安に駆られたことは言うまでもないが、三人そろって自由人であったので疑問はそっとしまったのである。
でだ。
そんな魔大陸でしか飼育されていない、魔族の為の家畜である『魔獣』。その肉。
なぜそれを、人間である騎士団長たちが食することが問題となるのか?
それはミコトさんたちから当然のように告げられたお言葉でよくわかる。
「たいていの人間は魔力の体内容量が少ないからな。魔獣の肉なんぞ食ったら魔力多すぎて暴発するぞ」
「そもそも人間は体外から魔力摂取するようにできてねえからな」
「ぱーんってなっちゃうよ! あははっ」
何が面白いんだろう。
ていうか三人して「あれはひどかった」とか言ってたんだけど。
………。
実際にその「ぱーん」ってなる現場、見たことがおありで?
吹き飛ぶ? 吹き飛んじゃう? それを「あらら~」とか言いながら見学しちゃった鬼畜でいらっしゃる? 鬼畜だなんて百も承知だけど!
真実は過去にうずめておいた。
ともかく。
そんな事実を知りながら自ら進んで「ぱーん」となりに行く願望は持ち合わせていないので今現在大いに大変悩みに悩んでいるわけである。
もちろん、一食ぐらい抜いたところで死ぬわけではない。
特に騎士団長とイリュートは腐っても軍人である。体力もある。
が。
今回の事を考えれば、いつもいつでもミコトがご飯を用意してくれるとは限らない。不意に何かの都合で、主に自由人が原因になる予感がするけれど、今のようにご飯がない! という事態に陥らないなどとは言えないのだ。
そしてそうなるたびにご飯を抜くわけにもいくまい。
つまり、ミコトさんがいらっしゃらなくても健康でいるために自力で食欲を満たす、この方法をさがすことは遅かれ早かれ求められるに違いない。
今までは、美味しいご飯がおいしかったので見なかったことにしていただけだ。
ともあれ。
――そんなこんなで、とりあえずは食堂で、何とかなるようなメニューは存在しないだろうかと淡い希望を持って、四人はようやっと腰を上げたのだった。