選択肢はあります
結果として。
ミコトによる診察は恙なく終了し、薬は処方された。
十二歳とは到底思えない貫禄はここでも十全に発揮されていた。
スラギ? 診察には邪魔この上なかったのでミコトによって野へと放たれている。ここにはいない。
ともかく。
「あ、あの、ありがとな、」
眠る母から離れ、家の外でアマネは言った。ミコトはそれに頷きだけを返す。
しかし、そこでアマネの顔が一瞬曇り、それから決意を込めた目になった。
「……ごめん。分ってると思うけど、うちは貧乏なんだ。けど、俺が働いて、ちゃんと金は払うから、本当に、」
が。
「ああ、金は要らない」
ミコトは言い切った。
「本当にはらっ……ん!?」
一瞬ついていけなかったアマネ、しかし次の瞬間目をむいて、そしてみるみる顔を紅潮させる。
「なっ、同情は、」
やめろ、と怒鳴りかけ、だがここでも。
「阿呆か。俺は慈善事業をやっているんじゃない。代金の代わりにお前にやらせたいことがあるだけだ」
アマネを遮ったうえで、最初からそのつもりだった、とミコトは言ったので、アマネはその眼をぱちぱちと瞬く。そしてそのまま尋ねた。
「……やらせたいこと?」
すると、真顔で。
「ああ。お前、図太そうだからな」
………。
「……いや、うん、否定はしねえけどお前に言われるとは思わなかったかな、うん」
ちょっと遠い眼になった。しかしミコトは頓着せずに。
「そんなことはどうでもいい。やるのか、やらないのか」
静かに聞いてきたので、アマネも表情を改めた。考える。……確かに、ミコトの売るものは良心的な価格ではあるが薬というのは安くない。それを、まだ子供という領域に居るアマネが稼ごうと思えば難しいものがある。アマネの母は簡単な病ではない。継続的な治療が必要なのだ。
だから。
「……やる。何をさせたいんだ?」
決意を深め、聞いた。
と。
「師匠への弟子入り」
「わかった、弟子入りだな……は?」
ミコトにすっぱり言われて深刻にうなずきかけたけどちょっと待とうか。
「分ったんだな、ならついて来い」
「ちょ、まっ」
師匠がいたのか。ていうか弟子入りって何への弟子入りだ。薬師? 薬師なのか? そもそも弟子入りするのがなぜ薬代の代わりになるんだ。
アマネの頭は疑問符だらけだった。
しかしあたかも人さらいのように有無を言わせずミコトはアマネを、自身の住処である森の中の小屋まで連れてきた。
「お前のその細腕のどこにそんな力が……!?」
アマネは本気で驚愕していた。だって、アマネは確かに痩躯ではあるがこの頃の一年の差というのは大きく、年少のミコトの方が背は低い。そして過ぎるほどではないがミコトだってやせている。腕の華奢さはミコトの方が正直言って上だ。
なのに!
「掴まれた俺の腕がピクリともしねえってどういうこと?」
待とうか、ちょっと待とうか、詳しい説明を頂戴したいな。
そんな感じで最初はやんわり、次第に全力で抵抗したんだけどミコトは眉ひとつ動かさなかった。
何この子。
なんなのこの子。
しかしそんなアマネを完全にスルーして、ミコトは。
「おい、武術と薬学と経済その他の学問と芸事、どれを学びたい。選べ」
真顔で突然言い出した。
「……師匠っていっぱいいんのか?」
あまりにバラエティに富んだ選択肢を提示されて思わず聞いた。
が。
「あんな爺は独りで十分だ」
どんな爺だ。
ミコトの言葉に、アマネは顔をひきつらせたのだった。