常識の片鱗は駆逐されました
グレン翁・スラギ・ミコトの三人はセルジア皇国の外れの町で定住した。
ミコトが薬草を売って生計を立てていた。
そこにアマネがやってきた。
イマココだ。
でだ。
「ああ、薬草も薬も売っているが、お前、何が欲しいんだ」
薬草を売っているか、そう尋ねた少年・アマネに真顔で冷淡に返したミコト。
目の前の赤茶髪の少年の、やせた体躯にも切羽詰まったような真剣な瞳にもまるで動じない、こんなことは日常茶飯事と言わんばかりの平常運転。
そして会話の無駄と言わんばかりにいきなり本題に切り込むこのやり口。
少年・アマネは思わず瞠目した。
「え? えっと、」
戸惑い、どもるのも仕方がないと言えよう。
が。
「なんだ、さっさと言え。言わないなら帰れ。営業妨害だ」
ミコトは容赦がなかった。
しかも本当に踵を返した。躊躇いもない。
と、
「ちょ、ま、待てえええええ! 話しぐらい聞けっつうの、あんたいっそずげえな!」
清々しいわ! と喚いたアマネ、その細い手はしかししっかりとミコトの肩を掴んで、つか、……
掴もうとしてはたき落とされた。
「ああ!?」
そう、それは真横からぬっと伸びてきた手によって。アマネは己の右手をはたき落とした本人をねめつける。
が。
「あはっ」
初対面でいきなり暴力を働いたとは思えない笑顔がそこに待っていた。
いうまでもなくスラギである。
そして笑顔は笑顔なんだけど、分る人間にはわかるどす黒いオーラが『ミコトに触ってんじゃねえよ』と独占欲を主張していた。
そしてアマネは悲しいかな、それがわかる人間であった。
「お前誰、つうか何、俺はこっちの奴に用があるんだけど」
子供にしては鋭い眼光で睨み上げたアマネ。
だが、しかし。
「あははっ、俺はミコトと一緒に住んでるの~。そんで、ミコトを守るって決めてるの~。だから勝手に触らないで?」
俺のだから。
そう満面の笑みでスラギは告げた。
アマネは唖然と口を開けた。
ミコトは「莫迦かてめえ」と回し蹴りを放った。
綺麗に決まった。
アマネはその素晴らしさに拍手を贈った。
で。
「で、結局何が入用なんだ、あんたは」
ミコトは再度アマネを振り返り、ようやく本題へと話を戻した。
それにハッと、アマネもミコトに視線を向ける。スラギはすでに二人の視界からも思考からも追い出されていた。
出会いがしらからミコトとスラギとアマネはミコトとスラギとアマネだった。ぶれない。
ともかく。
「薬。母さんが、病気で、薬が欲しいんだ。金はどんなことをしてでも用意するから」
アマネは悲痛な声で言った。
しかし。
「無理だな」
ミコトの即答は無情だった。
「なっ、」
カッとアマネはいきり立つ。
が、それを遮って。
「今俺が売っているのは傷薬や痛み止めだ。何の病か看もしないのに処方はできない。合わない薬を服用すれば余計に悪化することもある。だから薬は渡せない。分ったか?」
ミコトの理路整然とした説明。本当に十二歳であろうか、貫禄がある。
「そ、んな、」
反論の隙が一分も見当たらずにへたり、アマネはその場に脱力した。
にもかかわらず。
「何をしている。早く来い、案内しろ」
ミコトは何処までも平然と言い放ち。
「は?」
呆けたアマネにむしろ「お前は阿呆か」と言いたげな顔でのたまったのである。
「『看もしないのに処方はできない』と言ったろう。お前の母親を診察に行く。薬はそれからだ。だから案内しろ。何度も言わせるな」
……。
「マジかああああ!?」
零れんばかりに目を見開いたアマネ、痩躯に似合わぬ絶叫とともに跳ね起きる。
「え? は? あんた薬剤師じゃねえの?」
しかし興奮しつつも疑問は忘れていなかったようだ。常識の片鱗がまだ、見える。
が。
「誰が何時そんなことを言った。俺は薬師だ」
謙遜なく言ってのけたミコト十二歳、既にいっぱしの薬師としてその実力を示していたのであった。