円満な人間関係を所望します
『アマネ』
そうミコトが呼んだ、その男は。
……名前かな、それ。
えっ。
名前? 名前なのそれ? あの魔族か人間かは知らないけれど船から降りてきた人影の名前なの?
そんなまさか。
ミコトが、あの自由人が、名前を呼んだ、だと……!?
という種類の驚愕に支配されているうちに、向こうもこちらに気づいたらしい。
そりゃそうだ。こちらもあちらが見えているのだ、あちらからも見えるにきまっている。
「あ、」
こっちに来る、と思った。
次の瞬間。
「ミコトじゃねえか! どうしたんだよ久し振りだな!」
その人影、わき目もふらずに瞬時に距離を詰めたかと思えば、いつの間にか下馬していたらしいミコトに喜色満面で叫んだ。
青年だった。
身長はミコトよりも少し高いだろうか。赤茶色の髪に黒い瞳。左目には額から頬にかけて長く傷跡がある。見えてはいるようだが。年齢はミコトとスラギと変わらないだろう。
ただ。
――服装が、なんというか変わった青年だった。
一枚の大きな衣を腰のあたりで止めている……確かそう、着物とかいう異国の衣装だったはず。
とりあえず、魔族ではなく人間ではあるらしい。
実は魔族、魔力や生命力が人間と違うだけではなく、どれほど姿が人間に類似していても身体的特徴がある。耳だとか爪だとか牙だとか瞳孔だとか。
それが見られないこの青年は、確かに人間であるのだろう。
それはわかった。とりあえずは安堵した。
まあ、安堵したからと言って疑問は尽きないけど。ちょっとっていうかかなりっていうかものすごくっていうか聞きたいことはいっぱいあるんだけど。
青年にも、目の前で起こっている現状も。
なんで手ぶらなんだろうとか、なんで小舟で当たり前みたいに辿り着いてるんだろうとか。ミコトさんとのご関係はとか、そもそも多分『アマネ』さんとおっしゃるんだろうけど根本的にどちらのどなただろうとか。
けど、まずは、手始めに。
「うわあ、元気だったか?」
そう言って嬉しそうにミコトの手を握ろうとした青年の手を、
ぐわっし。
光の速さで横から捕まえて触らせないよとばかりににこにこ笑っているスラギはいったいどうしたんだとかの辺りから問い詰めたいと思う。
ていうか動きが見えなかったんだけど素直にすげえな何それ。
が。
「……なに、居たのかよスラギ。放せよ、俺はミコトに挨拶してんだよ」
「あはっ。久しぶりだねアマネ~。俺にはあいさつしないなんてひどいな~。そんな奴が俺のミコトさんに気安く触っていいと思ってるの~?」
スラギと青年の会話は剣呑な空気だった。
いやスラギは笑ってるんだけど。笑ってるからこそ怖いんだけど。
ていうか、ああスラギともお知り合いでしたか言うまでもなく。
そうだねミコトの知り合いはスラギの知り合いだよね。
そして空気はすこぶる悪いけど何気にスラギまでもこの青年を名前で呼ぶんだ?
どうしよう、『同類』の二文字がこの赤茶髪の青年の頭上に燦然と輝いている幻覚が見えるんだけど。
ていうか何? 珍しくスラギの機嫌がものすごく悪いんだけど。怖いんだけど。冷汗が止まらないんだけど。こんなのミコトさんの求婚事件以来なんだけど。
騎士団長たちは顔をひきつらせた。
のに。
「ああ? なんでてめえなんかの許可が必要なんだよ。ミコトは嫌がってないだろうが」
「あはは、言ってるでしょ、ミコトは俺のなの~。俺はミコト大好きだし、ミコトも俺が大好きなんだよ、知ってるでしょ~。だってずっと一緒だしね~」
「……てめえはふらふらしてミコトにまとわりついてるだけだろうが」
「あはっ、アマネなんてどっかに行っちゃったと思ってたのに今更出てこられても~」
どうしようどこまでも険悪なんだけど。
紹介すらされていない状態で間に入れないんだけどどうしよう!