ほのぼのですが、なにか
その後である。
長い長い尋問のような暴露大会のようなお話が終了したその日はもう疲れ切って誰からともなく就寝してしまった。
そして翌日。
何事もなかったかのように船は航行を続ける。まあその速さは安定のぶっ飛びで景色は霞んでいたけれど。
ぶっ飛び航行三日目である、ミコトは五日で着くといっていたからあと半分だなあと暢気に思っていた。
現実逃避である。
しかしその現実逃避も夕方ごろになって、不意にミコトによってあえなく破られる。
「ああ、そろそろ麻痺が解けるな」
と。
そこから一同は沈黙がたっぷり三十秒で、ぽんと手を打ったことは言うまでもない。
そう言えばミコトはクラーケンのドSな毒液一気飲みして女性体になっていたのだった。
あまりにも自然だったためにすっかりそのきっかけを忘れていた一行である。
結構その瞬間は衝撃的だったにもかかわらず。
まあその後の様々な問題発言と暴露の方が衝撃が大きかったので無理もないかもしれない。
そして自由人と時間を過ごすうちに無駄に順応性が高くなってしまったのも敗因である。
ミコトの動揺など皆無であったためにこういうものなんだと理解して既にミコトの姿が美女であることを当たり前に受け入れていた件について。
明らかに毒されきっている。
手遅れである。
くらくらする頭を押さえているうちにミコトは何でもないことのようにするっと男の姿にお戻りになったけど。
あ、やっぱり美形でいらっしゃいますね見慣れた黒髪の御麗人が優雅に黒髪を揺らしていらっしゃいます。
なんだかんだ言いつつ昨日の今日で既に茫然ではなくあきらめの目でそれを見ている騎士団長たちはあれだ、もう常識人から片足を踏み外しているのかもしれなかった。
ちなみにだ。
男でも女で本人的に気にならないなら別に戻る必要はなかったのではないか?
そんな疑問をもちろん持ち、ぶつけてみたのは騎士団長である。
現実逃避の時間を華麗に打ち破ってくれた恨み言であるともいえる。
が。
「言っただろう、男の姿の方が楽だと」
答えながらミコトは背後に張り付いたスラギをその長い足で蹴り飛ばした。
それは見事に船内の反対の壁にたたきつけられずるりと床にはいつくばる。
確かに、見た目に比較的犯罪めいていないし威力が高い。
納得である。
どっちにしろ足蹴にされたはずのスラギは至極幸せそうだったけど。
戦慄である。
なんでスラギはドSのくせにミコト限定でドMになってしまうのだろう不可解である。
「そうか」
慣れきって常識人から足を踏み外しかけている騎士団長はにっこり笑って流したけど。
自由人コミュニケーションは口を出すべきではないのだと学習した結果でもある。
ちなみにスラギを蹴り飛ばしたり美女から美男に戻ったり騎士団長とおしゃべりしたりしている今この時も、休みなくミコトの手元は動いている。
スラギを蹴り飛ばした時の手元は一ミリたりともぶれなかったのだから拍手ものである。
でだ。
何をしているかというと。
「よし」
ちょうど完成したようである。
――クラーケンの毒液の完全なる解毒薬、および毒液を活用した麻酔やら毒薬やら諸々が。
一日やそこらでとか驚く段階は彼方に過ぎ去っている。
ミコトはそういう人間なのだ最初から。
それをひょいひょいと亜空間にしまっていく仕草も。
いったいどこまで何が入ってるんだろう、その空間。そう言えば馬車とか馬とかも入ってるのだったか、なんとなく無限な気がして聞くことはやめた騎士団長だった。
「飯にするか」
何はともあれ、ミコトがそう言って今度は調理器具を取り出したので、よろしくお願いしますと頭を下げたのだった。
ほのぼのであった。
……誰が、何と言おうとも。