眠っててほしい獅子なのです
スラギの自由人は主導権を手放さない発言はそれが世界の理であるかのように吐き出された。
いやそれは世界の理ではないと存じます。
たまには主導権をください切実に。話が進まないんです本当に。気が付いたら主導権明け渡してるのが常だけど!
ていうか。
その「病が深いババア」さんの末路ってどうなったんだろう。
聞いてみた。
すると。
「ついでにあれが囲ってた奴隷全員解放したんだが、その中に自らババアの面倒を見るという世にも奇妙な性癖の餓鬼がいたから多分幸せなんじゃないか」
自由人に「世にも奇妙」と評されるとはどんな餓鬼だそれは。というかいいのかそれは。いいのか幸せなら。
ともあれ、変態は独自の世界へ旅立っていたようだ。
世の中とは実に不可思議なものである。これもある意味予定調和なのだろうか理解できないけれど。
思って顔を引きつらせていた騎士団長。
しかしそこへ容赦なく次なる言葉の刃が突き刺さった。
「あはは、それでババアから逃げた後は結構楽しかったんだよ~。二人で一緒にアスタエ連邦の奴隷商人ギルドに挨拶したりさ☆」
スラギは本当に楽しい思い出を語るかのようにミコトに微笑みかけ。
「あれは思ったよりは骨があったからな」
ミコトも頷いて肯定した。
しかし騎士団長以下四人の思考は完全に止まった。
待とうか。ちょっと待とうか。
止まった頭を無理やりに動かし、歴史が四人の常識人の頭を駆け巡る。
そして。
がちり、記憶が正しくよみがえった瞬間思考どころか身体の全てが固まった。
あいさつ、だと……?
騎士団長は声にならない声を漏らす。
いや、まずは話を整理しよう。
スラギ五歳、ミコト四歳で売られて、三年後脱出。つまりこの時スラギ八歳、ミコト七歳。
現在の年齢は確かスラギが二十七歳でミコトが二十六歳だから、十九年前の話だ。
十九年、前の話。
この『十九年』が大問題だ。
なぜって十九年前、件の『アスタエ連邦』では大事件が勃発している。
そもそもアスタエ連邦とは、わが国・ユースウェル王国や隣国・セルジア皇国の属する大陸の東方に存在する大国で、かつて『奴隷王国』として悪名高かった。
かつて。
そう、かつてだ。
なんで過去形かって、十九年前わずか三日でアスタエ連邦有する巨大奴隷商人ギルドが塵も残さず瓦解したから。
そして国の労働力の根幹をなしていた『奴隷産業』が崩れに崩れたアスタエ連邦は早晩革命がおこり、数年のうちに崩壊した。
現在は小国に分かれてそれぞれ統治が成されている。
だから、正確に言うならば「旧」アスタエ連邦なんだけど。
なんだけど!
お前らか?
お前らなんだな?
『奴隷商人ギルドに挨拶』って「こんにちは」じゃないだろ、「さよなら」しに行ったんだろ?
僅か八歳と七歳という幼く純粋なはずの子供にして一つの国を崩壊へ導いたというのかこの自由人どもは!?
『結構楽しかった』って何? 『思ったよりも骨があった』ってどういうこと?
何をしたの? 何をやらかしてきたの? 現在連邦跡地の小国の多くが信仰篤い敬虔な聖王国の形をとっていることと関係してるの?
自由人の奔放さに陰りは見えなかったけど、実は相当腹に据えかねてた? そりゃ当たり前だし同意なんだけどそこで本気でつぶしちゃった?
「……なんで、んなこと、」
それでもなんとなく、自発的にそういうことをしそうには思えなくて、口をついて疑問が飛び出た。
すると。
「餓鬼どもが、泣いていたからな」
こてん、珍しく小首をかしげたのはミコトで、そんなことを言ったのだった。