この家に正常な人間は生息しておりません
「で?」
時は戻って現在である。
時間は夜半。とっぷり日も暮れて夕飯も済み、もちろん店じまいも終わっている。
なんでこんな時間になったかと言えばミコトの所為だ。
真昼間に襲撃してきて能天気なことを喚き散らした不法侵入者たるスラギを、氷の一瞥とともにミコトが切って捨てて、
「営業妨害だ出直してきやがれ」
と、実はいた同行者・騎士団長には声の一つもかけずに店の近くを流れる小川にスラギを投げ捨てた。
投げ捨てた。
何事もなかったかのように店に戻るミコト、どんぶらこっこと流れていくスラギ、それを呆然と見つめる騎士団長。
カオスだった。
しかしゾンビの如く自力で川から蘇って来たスラギは懲りずにびしょ濡れのままミコトのもとへと出撃しようとしくさったので、それを全身全霊を持って騎士団長が止めて、店じまいしたころを見計らって再度訪問した。
そしてなんとか家に上がることを許され、ざっくり昨日の話をしてイマココである。
そんでもってざっくりな説明に返された端的すぎる答えが冒頭のアレだった。
それに対して、スラギは満面の笑みで言い切った。
「ミコト、俺と一緒に魔王のところに行ってみない~?」
きらきらしていた。
そして激しく説明が不足していた。
だがしかし。
「嫌だ」
なんて素敵なミコトの即答。
しかも。
「言いたいことはそれだけかこの糞ボケ。ならとっとと消え失せろ」
辛辣だった。
けれどそんな彼にスラギは。
「あははは、だよねえ。俺もそういったんだよ? じゃ、そういうことだから~」
軽い。
笑い事じゃない。
『そういうこと』ってどういうことだろうか。騎士団長は頭を抱えた。
スラギが魔王のもとへ行くための条件が「親友(=ミコト)も一緒に旅をすること」であったというのに木っ端微塵。
その上で笑うかこの外道。
あれか、行かないってことかそうなのか。そして騎士団長は帰れと。国王のもとに単身乗り込めと。
そしてミコトさんは魔王のところに行きません、したがってスラギもいきませんとあの国王に報告してとどめをさしてこいと。
なるほど。
なんて残酷!
「いやいやいやいや、待て待て待て」
ぶんぶんと首を振りながら騎士団長はミコトとスラギをひっつかんだ。そして強調しながらゆっくりいう。効果を発揮することを期待して抜いた伝家の宝刀。
「ミコトさん、これは『王命』だ、分るだろ?」
が。
「だからなんだ」
伝家の宝刀はなまくらだった。
そしてこの瞬間一縷の望みが砕け散った。
国王とは何だったのか。ちょっとエラそうなおっさんとかそんな感じなのかこいつらにとっては。
騎士団長は放心しかけたが、次のミコトの言葉に何とか現世にその魂をとどめた。
「そもそも魔王のところに何で行かなきゃならない。あんた、この糞ボケの説明と呼ぶのもおこがましい話で全てを察せるとでも思っているのか」
そうだった。
スラギは説明者にあるまじく、「国王に魔王のとこまでお供しろとかって言われちゃったんだよね☆」としか言っていなかった。
吃驚するほど何の説明にもなっていなかった。
これは断る。騎士団長も断る。
何が悲しくて理由も知らずに魔王なんぞという聞くからに危険な人物の居る場所へ行かなくてはならないのか。
これで「わかった」と返したらそれはむしろ自殺願望を多大に抱えた世捨て人である。
その点、ミコトの感覚は正常だった。
『王命』と言われて「だからなんだ」と切って捨てる感覚は絶対正常じゃないけど。