故意です
そして夕食の後の事である。
片付けも終わり、さて各自解散であるといった頃合いに、何かに気づいた様子のミコトが、無表情につかつかと騎士団長のそばに寄ってきた。
「へ? ななななな何だ?」
唐突過ぎる上に感情のうかがえないそれに思わず動揺して後ずさってしまう騎士団長。
だがしかしミコトは一切頓着などしない無表情のままがしりと騎士団長の左手首を掴み。
「あんた、怪我してるな」
断定された。
「え、」
ギクリ、肩を震わせた騎士団長だったが問答無用で袖をまくられる。逃げられない。というかむしろピクリともしない。
ミコトよその細腕のいったいどこにそんな腕力が秘められているのだ。
筋肉質かつ太さで言えば一・五倍はあろうかというのに騎士団長の腕は。
逆か? 逆なのか? 見た目に反して騎士団長が軟弱なのか?
もともと崩壊しかかっていた自尊心が粉々になった騎士団長だった。
ともかく。
「……最初に揺れた時、打っていたんだろう」
ミコトの言ったことは見事に当たりであった。現にまくられた左腕は青紫に鬱血している。騎士団長は気まずくなって目を逸らした。
だがしかし、大したことはないから黙っていたし、そのようなそぶりも見せなかったのになぜわかったのだ。
「見てれば分るだろう」
ふつうわからないよ? 何なの透視能力でも持ってるの? しかもミコトは騎士団長を観察していたわけでも何でもない。ふと目があって瞬間気付いたのだ。
何それ千里眼?
怖い。
しかしミコトはさも当然のように平然としていて、騎士団長は顔を引きつらせる。そんなやりとりを見ていたスラギはあはっと笑っていった。
「ミコトを騙せると思うなんて無謀の極みだね~」
そうか無謀極まるのか。その根拠は何処から。
「俺も昔怪我をどこまで隠し通せるかっていう遊びやったけど、一度も成功しなかったんだから~」
なんて体を張った実験!
何してるんだスラギ。むしろなぜやろうと思ったんだスラギ。
「あはっ、だってミコトがどんな小さな怪我も見つけてくれるから楽しくって」
はた迷惑に下らない理由だった。
なに? 愛? ミコトの愛を証明したかったの?
が。
「『次やったら俺がとどめを刺すぞ』って怒られてやめたんだけどね~」
バイオレンス! 愛を求めて息の根を止められる悲劇!
でも何気に本気でミコトさんが怒るの見た事ないから気が長い方だと思うのにそこまで言わせたスラギ。
いったい何をやらかした。
騎士団長たちの視線はスラギとミコトをさまよって。
「腹に穴開いたまま黙ってやがったんだ、この糞ボケ」
ミコトさんは亜空間を開きながら言いました。
うん。
「スラギが悪いな」
「だろう」
「え~」
騎士団長の即答にミコトが冷えた瞳でうなずいた。
しかし金髪の自由人は笑っている。
そうしてミコトの鉄拳を受けたスラギは本気で馬鹿なのかもしれなかった。
ともかく。
ミコトの洞察力というか観察眼が鋭すぎるほど鋭いということは承知した。なので騎士団長はもう話題を戻すことにした。無理やり。
「ホント、大したことはねえんだが……」
遠慮がちに苦笑した。が、しかしそこで。
「阿呆か。仮にも体が資本の職業だろう、軽んじるな」
薬を塗って器用に包帯を巻きながら言うミコトは真顔でした。
黒髪の麗人の不意打ちは無差別だった。
「……」
と、そんな風に騎士団長が絶句している時だ。
チョコン、と騎士団長の脇にしゃがんで処置を見ていた騎士・イリュートが不思議そうに首を傾げ、不意に言ったのは。
「光魔法……治癒、とかあるって、読んだこと、ある……。ミコトさん、使わないの……?」
まさかの初耳の新情報だった。
そして騎士団長たちも瞠目したのち首をひねる。確かにミコトは一度も治療魔法なるものは使っていない。いやご飯に夢中で見てなかったとかじゃなくて。
あれ、文献が間違ってた?
が。
「ああ、使えるが使わんな」
なんて正直な自己申告!