ご飯は静かに食べましょう
人の嫁をたぶらかさないでいただきたい。
騎士団長がそう切実に思った日から二日がたった夜である。
ここまで、たいへん安全快適な道のりだった。だって結界のおかげで風もないし飛沫もないし揺れもないし。
そのくせとんでもない速さで景色は流れていくという。
いわく、ミコトの魔法で動いているので風魔法で押しているのではなくて重力魔法でちょっとだけ浮かせて動かしているのだという。
飛ぶのはやめてという懇願をそれなりに聞き入れた結果のようだった。
いや最初の超加速は十分怖かったんですが。
……でもスラギの言った「全員浮かせてビュンビュン行こうぜ」が採用されたらあれより速かったんですよねごめんこの妥協案に感謝します。
ともかく。
そんな夜、もちろんミコトは夕飯を作ってる最中で、全員並んで『待て』な状況で、それは起ったのだった。
ドオン、と。
船が大きく揺れた。
反射的に全員が外じゃなくてご飯の無事を確認したのはもう末期なのだとしか言いようがないけど。
そしてもちろん華麗なるミコトの美技によってご飯は無事でしたありがとう。
でだ。
ご飯の安全を確認したのちではあったものの、傾いたままの床を、それでも走って騎士団長とイリュートは船内から飛び出した。
スラギはひょい、と顔をのぞかせる程度だったけど。
そして果たしてそこにいたのは。
イカ。
ものすごい巨大なイカの白い巨体が闇に浮かび上がって、結界ごとその長い足にからめとられているということが分かった。
「クラーケン!」
騎士団長は叫んだ。
――クラーケン。深海の覇者と言われる凶悪な魔物が何でこんなタイミングで顔を出す。
自由人か? 自由人のトラブル収集能力に引き寄せられてきたのか?
大きく舌打ちして剣を引き抜いた騎士団長とイリュート、船内ではサロメが王女を庇っている。
まあその横でミコトはなおも夕食を作ってたけど。
しかもだ。
「クラーケンだって~。久しぶり~」
スラギは楽しそうでした。
久し振りって何? どうやらこの金髪、伝説の怪物とのエンカウントはこれが初回ではない模様。
そして。
「クラーケンの吐く体液は特殊効果がある」
ミコトさんは当然のように言いました。
その情報は何? とって来いって言ってる?
なんて通常運転!
唖然である。
だがしかしそれだけでなく。
「……夕飯ももうすぐできるからそれまでにとれるだろう?」
「大丈夫大丈夫~」
大丈夫なんだ? 夕飯殆ど完成してるから十分もかからないよ? でも出来るの? 出来ちゃうの? 余裕なの?
ご飯の優先順位が非常に高い件について。
いや騎士団長たちも最初に揺れた時ご飯の心配したけども。
「「「「……」」」」
何とも言えない空気が自由人を除いた四人の間に流れた。
で。
結果から言うとクラーケンはものの見事に数分で細切れになって、ミコト曰く『特殊な体液』の入っている袋をきっちり回収されました。
……騎士団長たちは最終的に何一つ労働はしてないけどそのあと食べたご飯はとてもおいしかったです。まる。