若かったんです
大丈夫、そう笑ってくれた幼い少年。
なんと大人の対応だろうか、天使である。
そしてそんなイリュートに幼いリリアーナは瞬きをして、きょとりと少年を見返した。そうすれば自然と涙は止まっている。
するとイリュートはモミジのような可愛い手をリリアーナに伸ばし、
『……リリアーナさま、いいこ、いいこ』
なでた。
あまりのかわいらしさに周りの侍女は悶絶ものである。
おそらく彼の母や兄弟が、よくこのようなしぐさをしているのだろう。慣れないながらも一生懸命なでているその様子。天使である。
(そうですわ、このころはこんなにイリュートが近くて……名前も呼ばれて……)
ちょっとだけ、拗ねるような気持で幼い二人を見ていた現在時点・リリアーナ。
夢の中、幼いリリアーナもそんなイリュートの仕草が恥ずかしくも嬉しかったのだろう、ぷくぷくほっぺを真っ赤に染めてもじもじとしている。
が。
誰もが予想外だったのは次の瞬間である。
ぱっちーん。
思いのほかに響いたそれは子供・リリアーナが子供・イリュートの手をはじいた音。
で。
『ぶ、ぶれいもにょ! じゅ、じゅがたかいでしゅわ!』
噛んだ。
しかも多分この時リリアーナの中でうれしい<恥ずかしいであったのだろう、真っ赤な顔で視線は遥にあらぬ方向、指はぴしりとイリュートをさしているけど指された少年は周囲の大人と一緒にぽかん。
もちろんそんなの綺麗に忘却していた現在時点リリアーナもぽかん。
『いいいいいりゅーとなんかが、わたくちになにをきやすくさわってましゅの!? わたくちが『いいこ』なんてあたりまえよ!』
噛み噛み幼少リリアーナ。
瞬き幼少イリュート少年。
止めるに止めれぬ大人の集団。
そして頭を抱えた現在時点リリアーナ。
で。
『えと、えと、ごめんね、リリアーナさま、あの、』
欠片も悪くないのに謝ったイリュート少年は天使だった。侍女と騎士は感涙した。
が。
それでも幼女は止まらない。
『だれがなまえをよんでいいといったのです! 『ひめさま』とおよび!』
庭園に幼女の声が響いた。
そして。
『う、あ、りり、……ひめ、さま』
おずおずと言い直した少年イリュート、満足げに腕を組んで鼻息荒い幼女リリアーナ、呆然と立ち尽くす侍女と騎士。
そして顔面蒼白は現在時点リリアーナ。
まさかの。
まさかの!
名前を呼ばれなくなって寂しいとか言ったの何処の誰。
黒歴史である。この日あの場にいた侍女と騎士の記憶を抹消したい。
そしてなんてこと。芋づる式に思い出した。思い出した! この一件からホントにイリュートはリリアーナのことを『姫様』としか呼ばなくなって、少しずつ距離が置かれるようになったんだった!
自業自得!
(……や、)
リリアーナは震える声で。
「やり直しを要求しますわ―――――!」
現実に叫んで飛び起きた。
朝だった。
そして集まる視線が五つ。
「姫、様?」
「リリアーナさま? ど、どうなされたのです?」
「何かあったんですか?」
「何言ってんだアンタ」
「あはっ、お姫サマすっかり元気だね~」
かかった声も五つ。
……硬直、赤面。
黒歴史が増えた。