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黒の止まり木に金は羽ばたく  作者: 月圭
ユースウェル王国内編
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『幼い』は天使です


 そんなこんなで今日も元気な自由人とそれに振り回されてる騎士団長。


 彼等をしり目に、というよりは素敵な微笑みと共に騒ぎの元凶を追い出したサロメによって安眠環境を確保した王女・リリアーナは眠りに落ちる寸前だった。

 ふわふわと、熱はまだ下がりきっておらず、夢と現を漂うせいで頭は定まらない。

 ただ、ミコトの台詞を思い出し。


(『いい子』ですって……。そんなこと言われたの、いつ以来かしら……)


 曲がりなりにも、そして自由人たちに全くそんな扱いを受けていなくても、リリアーナはれっきとしたこのユースウェル王国の王族なのだ。

 その身分に加え、第一子、しかも女児。幼い頃は特に、周囲の過保護さはなかなかのものだったのも仕方がないといえるだろう。


 そのため、「子供に理解できる語彙のレベルとは」と問いたいような美辞麗句や賞賛の言葉には囲まれてきたが、素朴な褒め言葉には縁がなかった幼少期。


 けれどそんな彼女の記憶の中にも、「いい子」、そんな風に言われた記憶はなぜだろう、存在していた。

 いったい誰だったろうかそれを己に言ったのは。回らない頭で考える。そして。


(あ、)


 何のことはない、イリュートだった。


 王女の乳兄弟にして専属騎士、赤髪茶目のルーリエ子爵家三男。

 幼いころ、それこそ生まれた時から傍にいた、リリアーナの幼馴染の少年である。


 身分は違ったけれども、乳母の息子であった彼はよく母親に連れられて城に来ては、王女の遊び相手になってたっていうか振り回されてたっていうか。まあそういう事だ。


(あの頃は、イリュートはわたくしと、ずっと仲が良かったですわ……)


 いつからだろう、彼はリリアーナの名を呼ばなくなった。いや、『姫様』と呼ばれる、それは間違ってなどいない、適切な距離であるのかもしれないけれど。


 少し、寂しいと思うのは我がままだろうか。


 そしてだ。


 そのようなことを思っていたからだろうか、本格的に眠りに入ったリリアーナ。

 彼女はこの日、夢を見た。

 幼いいつかの日の、ささやかな思い出である。


 それは、花の咲き乱れる城の庭園の一つだった。リリアーナとイリュートは二人、そこで遊んでいた。

 年のころは五歳程度。かわいい盛りである。ふくふくとして丸々として子ども子どもしている時代である。


 まあ、このころのリリアーナはぶっちゃけ、両親に甘やかされていたこともあって、今よりも結構大分わがままガールなお転婆だったけど。


『イリュート、イリュート、おそいですわ! はやくこっちにくるのです!』


 綺麗な花を見つけては駆けていき、イリュートを呼ぶ。それに侍女や騎士が苦笑しても気にしない自由さ。奔放である。幼女の愛らしさは彼女の強い味方だった。


 対して、このころからすでにおっとりまったり無口なイリュート。


 力関係は身分上も性格上も確立されて久しかった。


 そして今もリリアーナは大好きな赤いバラを見つけて、そちらの方へと走り出す。もちろんイリュートの手を引っ張って。


 ――そしてこの時。あ、と。

 夢の中、幼い自分を見て思い出して引き攣る思いの現在時点のリリアーナ。


(そうですわ。確かわたくし、この時――)


 忘れていたのだ、イリュートの手を引いていることなんて。

 と、考えた瞬間だ。記憶にたがわず、リリアーナの勢いに付いて行けず、盛大につんのめって転んだイリュート。


 言い訳をさせてもらうならばリリアーナは集中力が高かったのだ。ほんの数秒前のことを忘れる鳥頭とかいうわけではない。断じてない。


 ともかく。


 転ぶ瞬間手が離れたから、リリアーナが巻き込まれることはなかったけれど、イリュート自身は顔から華麗にいった。べしゃっといった。


 ついてきていた侍女と騎士が慌てて駆け寄って助け起こす。幸い芝生の上、鼻の頭がちょっぴり赤いがでもまあ、子供ならよくあることである。


 が。


 慌てる大人とそれに囲まれる幼馴染。幼いリリアーナは驚いた。そして罪悪感を抱いた。幼いながらも思ったのだ、「やっちまった」と。


 そして五歳児の涙腺はゆるい。リリアーナの大きな瞳にはみるみる水が溜まるが早いが決壊した。

 すると今度は王女を囲んで大騒ぎである。


 姫様姫様と、おろおろおろおろ。一度お部屋に戻ってお休みいたしましょう、そう侍女は言ってリリアーナを抱き上げようとするけれど、リリアーナは癇癪を起こしたようにその手を振り切って泣き続ける。仕える身の辛さか強引なことはできずに、侍女も騎士も困ってしまっていた、その時である。


 置いてきぼりを喰らっていたイリュート、転んだ本人なのに泣きもしない健気なイリュート。大人の間からひょこりと顔を出し、幼い王女に近づいた。


 そして。


『けが、ない。いたく、ない。リリアーナさま、……おれ、だいじょうぶ、だよ』


 つたないながらも言った少年は、にこりと笑ったのだった。





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