こうして境地へ至ります
少し昔の話をしよう。
騎士団長とスラギが初めて顔を合わせたのは五年ほど前のことになる。
言わずと知れた『笑顔で盗賊団放り込み事件』である。
当時はまだ団長ではなく補佐官であったジーノ。凶悪な盗賊団を討伐するため陣頭指揮を任されていた。
そして盗賊の縄張りに最も近い砦内で作戦を練っていた、刹那である。
不意に会議室内が暗くなった。だからもちろんいぶかしんで何事かと思って窓を見たのだ。
で。
見えたのは人間団子だった。
……。
目をこすったけれども幻影じゃなかった。
ぷかぷか浮いて陽光遮る人間団子、その団子のもとはなかなかに凶悪な面構えのむくつけき男どもである。
「あれは……なんだ?」
思わずつぶやいたジーノ、しかしその場の騎士団員も呆然とただ首を振る。
すると。
がらり、窓が開いて入ってきたのは金のひと。
――スラギである。
なんで窓からこんにちは? ていうかここは四階なんだけど何がどうしてそうなった?
疑問符が騎士団員の頭を乱舞していた。
けれどスラギはあはっと笑って。
「これいらないからあげるね~」
と、のたまうが早いが人間団子を砦に落とした。ぐしゃって言った。色々潰れたけどピクリと動いてるから死んではいないだろうとか麻痺した頭で思ったことをジーノは覚えている。
で。
「ばいば~い」
混乱をもたらした青年はたいへん気楽に手を振って、呆然としている騎士団の前から姿を消した。
硬直、一瞬。ジーノは叫んだ。
「ちょ、ま、ふ、不審者ああああああああ!」
砦に絶叫がこだました。
まあその不審者、結局捕まらなかったけど。
でもとりあえずぐしゃってなった人間団子を調べてみたらこれから捕まえるはずの盗賊団が一網打尽。
騎士団員に驚愕が走った。まさかの事態に大騒ぎである。しかも盗賊団の様子からするとあの金髪の不審者がたった一人で殲滅したことは間違いない事実のようで。
だって金髪への脅え方が尋常ではなかった。
いったい彼らに何をした。
こいつらしばらく「金髪怖い」と「スマイル怖い」しか言わなかったんだけど。
ともかく。
そんなこんなで『あの不審者は何者か』が議題に上がり、国王命令で探すことになって、冒険者ギルド情報からスラギと特定。それからは……追いかけっこと……懇願だった。
つまり。
「騎士の名誉を授けよう」
「やだ~」
「王命である」
「やだ~」
「爵位もやろう」
「やだ~」
「……不敬である。即刻態度を改めよ」
「やだ~」
「……うん、あの、罪が、」
「やだ~」
「聞かぬか? せめて聞かぬか?」
「やだ~」
「お願い聞いて。いい子だから」
「やだ~」
「悪いようにはせんから! 罪も問わんから! 自由だから! ほら! こんなにフレンドリー!」
国王の努力は涙ぐましかった。
笑顔で「ヤダ」って言われ続けて染みついた、「金髪怖い」と「スマイル怖い」。
なんという恐ろしい刷り込み!
国王とジーノが盗賊に共感した瞬間であった。
それでも恐怖を乗り越えそんなやり取りが何回も何回も何回も。逃げては捕まえ逃げては捕まえ召し出されては笑顔で拒否って行方をくらまして捜索されてはやっぱり笑顔で拒否って……。
ようやく言質を取った時には精根尽き果てて、あたかも戦友のような仲間意識が芽生えていた国王陛下とジーノであった。