彼らの過去は濃厚すぎます
騎士団長は思い出した。
そういやミコトって薬師だったと。
この若さではありえない、診察・治療から調薬までこなす、『普通』をどこかに置き忘れてきた人間だったと。
ちなみにそんなこときれいさっぱり忘れていたのは騎士団長だけにとどまらない。侍女・サロメも騎士・イリュートももちろん王女・リリアーナもきっぱりすっぱり失念していた。
だってそれ以外の特徴が特徴的すぎたので。
四人の中で既にミコトはただの『爆弾発言ぶっこんでくる美味しいご飯作る人』だった。
でもそう言えば直近まで話していた『グレン翁』とはミコトにとっての薬学の師であった。
なのに病発覚から今に至るまで四人の誰も思い出さなかった事実。
燦然と輝くべき肩書きが単なるオプションに成り下がっていた件について。
自由人に毒されている現状に騎士団長は頭を抱えたかった。
それはともかく。
ミコトの言葉である。
いわく、『不味くて即効性の薬と、無味で効き目の緩やかな薬、どっちがいい』かと。
何その二択。
「診察は移動中に済ませた。単なる風邪だ。薬は手持ちだと二種類作れる。だから聞いているんだ、どちらがいいのかと」
言われてみれば先ほどミコトが出してスラギが並べたものは薬草と調薬器具である。
騎士団長は考えた。旅程を考えるならば即効性で手早く治してしまうべきだ。だが、効き目が早いということはそれなりに体への負担も大きいだろう。相手は王女なのだ。
「……その、緩やかな効き目ってどのくらいで治るんだ?」
とりあえず聞いてみた。
すると。
「明日の朝には治る」
騎士団長は笑った。
「緩い方でお願いします」
即答だった。
明日の朝には治るそれのいったいどこが効き目が緩やか?
というか。
「……即効性の方は、どれくらいで効くんだ?」
引き攣った顔で尋ねてみた。そうして返って来たのは。
「一時間あれば治る」
何その薬効怖い。
体内で一体何が起きるの?
つか何入れた。副作用が怖いんだけど。
聞けばミコトはひょいとそれを手に取って。
「遅効薬のベースはキメラの爪」
まさかの。
持ち上げられた爪は確かに以前遭遇したキメラの、スラギによって叩き折られたあれである。
こんなところであのエンカウント材料収集が役に立つとは世の中分らない。
では、と騎士団長は重ねて聞く。
「……即効薬は?」
が。
「そっちのベースは黄龍の鱗だ」
平然と答えて手は止めない。プロである。
「副作用はどちらもない。強いて言えば即効薬は不味い。それだけだ」
「あれは気絶するもんね~」
「目が覚めたら治っているだろう」
言ったミコト笑ったスラギ。
ヤダそれ怖い。気絶するとは壮絶すぎる。
いや、というか。
ちょっと待とうか。副作用よりその前の材料が結構大分、聞き捨てならない。
確かにこの世界には龍がいて、中でも黄龍は自己治癒能力が高い種族。薬の材料としては申し分がないだろう。
でも腐っても龍である。
「えっ……。倒したのか?」
恐る恐る尋ねてみた。けれどやっぱりミコトは平然と。
「友人だからな、頼めばくれる」
なるほどおかしい。
友達? 友達なの? 龍と? 気高く獰猛だといわれる彼らと?
龍は基本人型も取れる。魔物ではなく魔族だ。知能も高い。意志疎通は可能だろう。
でもそんな何でもないことみたいに言う事じゃないだろう。もしかしなくても世界初だぞ。一体お前ら何をした。
「旅してた時に倒れてるの見つけて、ミコトさんが手当てしてからご飯あげたんだよねえ」
まさかの餌付けだった。