彼らは何処までも自由です
――ユースウェル王国。大きくはないが穏やかな国である。
この五十余年の間にジーノの身の回りの環境も多少は変化した。
まずはジーノの功績が認められて、侯爵の地位を賜った。アレドア侯爵家の誕生である。そして旅を共にした騎士・イリュートは情報漏洩は国王公認だったこともありもちろん咎めもなく、むしろ二重間諜としての働きを評価されて騎士爵を叙爵された。
ちなみに現在は元王女・リリアーナと結ばれ子宝にも恵まれている。
もちろん身分的な壁でひと悶着はあったが、そこは結局子供に恵まれなかったジーノたちアレドア侯爵家に騎士・イリュートが養子としてはいることでクリアした。
幼いころから知っているイリュートとリリアーナである。ジーノたちにも文句などない。
なおジーノは騎士団長を引退し、それを引き継いだのがイリュートだ。
だから正確に言うのであれば騎士・イリュートではなく騎士団長・イリュートである。
王女付侍女だったジーノの妻・サロメも今は前線から退いている。今でも時々助言を請われることもあるが、現国王となったリリアーナの弟とその家族を優しく見守っている。
そんな、割と、大分、かなり。平穏とは言えないような人生だったとジーノは振り返るが、それでも、終わり良ければ総て良しなのだろう。
今、寝台の上で大往生を遂げようとしながら彼は笑った。
騎士という職に就きながら家族に囲まれ、老衰で逝けるのだから。
「――ありがとう」
家族に、万感の思いを込めて。
……そう、そしてしかし、ジーノの世界はここではもちろん終わらない。
なぜならば。
「やっと来たな、ジーノ」
「そんな死ぬの待ってたみたいな言いざまやめてくれないかミコト」
死んで抜け出て気がついて、開口一番これなミコトは本当にいつまでたっても変わらないと思います。性格も容姿的な意味でも。両性体は変わらないって本当だったようだ。
「何言ってるの、死ぬのを待ってたんじゃないよ? 来るのを、待っててあげたの~」
あはっと笑う、スラギも変わらない。腹の立つ笑みだ。
「ふむ、思ったよりも遅かったな、ジーノ」
顎に手を当てたヤシロもそのままだ。流石魔王。でもだからくたばるの待ってたみたいに言うのやめてデリカシー拾ってきて。
「ま、いいじゃねえか。久しぶりだな、ジーノ」
バシン、と背中を叩いてきたのはアマネだった。彼も例にもれず変わらない。……あれ?
「なんでアマネも変わってないんだ」
アマネはカテゴリ『人間』だったはずだ。それに最後にあった二十年ほど昔は、もう少し老けていたような。なぜ若返った。ミコトか、ミコトなのか。
しかし。
「アンタも若返ってるぜ?」
「マジか」
ははっと笑ったアマネ、思わず両手で己の顔を触ったジーノ。そしてヤシロが懐から取り出した手鏡に勢いよく飛びついて覗き込む。なんでそんなの持ってるの女子力? などと突っ込む余裕はなかった。
なぜなら鏡に映っていたのはたがわず自分……そう、初めて自由人たちと魔王城までの旅をしていたころの、三十代の自分だったのだ。
「その姿が一番印象深かったんだろう、あんたの中で」
シレッと言い放ったのは安定のミコトでした。そうか、印象深かったのがこの姿か。それは仕方がない、だってあの四か月は人生で一番色々ありすぎた。
ジーノは遠くを見た。
が。
「って、それだとアマネは」
気付き、ばっと見た。笑顔でうなずかれた。なんで笑顔なの? 死んだんだよね? アマネの方がジーノより若いし生命力あふれすぎてるから絶対老衰じゃないと思うんだけど何があった。
じっと見た。
するとミコトが。
「この糞ボケは、二十年くらい前か? 海底探索で遊んでいてうっかり浮上するのを忘れて逝った」
暴露しましたがちょっと待て。
「うっかり? うっかりだったの?」
「ちょっと夢中になりすぎて」
えへへ、と恥ずかしがるアマネだがその反応は間違っている。何してんだあんた。
「俺聞いてないけど」
数年に一度は、ミコトやスラギとは顔を合わせていたはずなのだが、とにらむ。
しかし。
「聞かなかっただろう」
「安定の答え返しやがって」
この自由人が! と懐かしの叫びをあげたジーノである。
が、しかし。
「まあ、その時いい機会だったから俺たち三人もいわゆる『生者』をやめたわけだが」
「おい待て」
更なる爆弾発言にジーノは今度こそ青筋を立てた。
「は? お前ら人間やめてたのか? 二十年前に?」
聞いてない、聞いてないぞ。確かに尋ねなかったけど! アマネには会ってなかったしミコトたちは容姿が変わらないものだと思ってたし、実体あるから聞く必要性を感じなかったというのは考慮されないのか。この自由人が!
「私も魔王はやめたな。というか、そうでなければ今の新しい『魔王』が発生するわけないだろう」
「そんなシステムも初耳だけど!」
もっと情報共有して! と叫んだジーノは悪くない。確かにそう、丁度二十年ほど前にヤシロは魔王を引退して新しく魔王が立った。新しい魔王はイメージ的に黄緑がベースの女性である。前の魔王より仕事をする、と好評だったことを記憶している。お蔭で今の人間大陸にはユースウェル王国以外でも魔族の姿もそこそこ珍しくないくらいの交流が成り立っている。
でも知らない、前魔王が死なないと新しい魔王が立たないとか知らない。
ていうかこの二十年間にヤシロはミコトやスラギとともに、時には単独でジーノのところに顔を出しては騒いでいたのに実は一回死んでいるんですとか誰も信じないわ。
大体、他の自由人にしても、数年に一回しか会わなくてもどこかの国がセルジア皇国と同じく信仰篤い宗教国家になったとか、津波が起きてあわや大惨事の時に海からやって来た赤茶髪の男が「やべ、やっちまった」とか呟いて土の壁形成して被害が出なかったとか、どこかで何とかいう化け物が現れたけど瞬く間に金色の何かが掻っ攫っていったとか、白い魔族っぽい何かが神出鬼没だとかの話を聞いて居れば、ああ自由人たちは元気だなと思う。というか、ジーノは思っていた。顔の見えない生存報告であったのだ。
だのに!
「……ほんと、お前ら変わらねえな……」
色んな思いを込めて、心の底から、脱力したジーノだった。
「あんたもな」
はっと肩をすくめて返したのミコトで、もういっそ笑えてきた。
しかしここで。
「ところで俺たちは行くが」
あんたはどうする、と突然の話題の転換をされたジーノは眉を顰める。
ちょっと待て、どういうことだ。何の話だ。
『行く』。……『行く』。何処へ行くんだろう。大分軽々しい言い方だが、どこへと問えば世界の裏側とか言い出しそうである。
「どこへ行くんだ?」
一応、聞いてみた。
「別の世界だが」
何を言っているんだ、という顔で聞かれたが、お前が何を言っているんだ。この期に及んで察せないジーノが可笑しいのか。そんなはずはないと思いたいが判っていなかったのはジーノだけだったので圧倒的に形勢不利である。なんてことだ。
いやまて。別の世界がある、というのは理解しよう。ミコトという神がいるのだ。別の神がいて別の世界を作っていても何らおかしなことなどない。
だがしかし。
「ミコトは、この世界の、神だよな?」
それがこんな買い物感覚で出ていくのは、ちょっと。
苦言を呈してみた。
のに。
「別に、俺がいなくてもこの世界は回る。そのうち戻ってくるんだ、問題ない」
「そうだよ~。ミコトが存在してるのが大事だから~」
「ここに居続ける必要はねえよな」
「どちらかというと、この世界もだいぶ回ったのだからもっと早く行ってもよかったのを、一応ジーノを待っていたのだがな」
口々に言われては、ジーノに返せるのはたった一言。
「ああ、優しさだったんだ」
そっか、ごめんね。
乾いた声で笑うしかなかった。
しかし、それだけで勿論話が終わるはずもなく。
「で、どうするんだ。残りたいなら構わんが」
完全にミコトとスラギとアマネとヤシロは行く気満々である。なんでそういうところだけ好奇心に満ちてるの? 無関心がデフォルトのくせに不意にアクティブにならないで。気まぐれですか、気まぐれですね。畜生。
ひくりと頬をひきつらせたジーノ、死んで早々これとは本当に自由人は自由である、としみじみしてしまう。
けれど、そんな彼等のムチャぶりに対して回答は一つしかないジーノもジーノなのだ。
「行くよ。行くにきまってるだろ!」
お前らだけで行かせられるか!
やけくそのように叫んだジーノに、ミコトたちは笑い、
ジーノもまた、こらえきれないように噴出した。
そしてどこかへ消えていった彼らは、今日もどこかの世界で一人だったり二人だったり五人集まってたり叫び倒していたり他の神様に泣かれたり。
自由気ままに、すごしている。
ここで一応、ミコトたちの物語は終わりです!
ふんわりとした設定で書き始めてふんわりと終りましたが、最後までご都合主義満載のストーリーでした!それでも最後まで書けたのは読んでくださった方々のおかげです。
(またのちに、設定や人物紹介などを追記したいと思っています。)
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!