ようこそ未知の世界へ
そうか、時が止まっているのか。
理解し、悟ったジーノたち。
それから流れた時間は軽い現実逃避を含みつつ穏やかなものだった。人数がいるというのはいい、窓の外さえ気にしなければ何事もなかったかのような錯覚が楽しめる。
それから三十分ほど、ミコトたちが何をやらかしているのかという事には一切思考を向けないようにして、ジーノたち十二人は談笑し、時にそっとホワイトニング君に触ってみるという度胸試しを楽しんだ。
そう、ホワイトニング君は部屋の中にいる。セルジア皇国皇族御一行及び自由人四人を見事飲み込んだ陰蜥蜴の変異体は、どこか影に潜るでもなく部屋の中央でくつろいでいる。つくづく変異以前の通常個体に備わっていたはずの特性を失った陰蜥蜴である。ふてぶてしい。きっと飼い主たちに似たのだろう。
なお、そんなホワイトニング君はつついてもあんまり気にしないけれどしつっこいと牙をむいてくるのでおどろおどろしい顔がさらに恐ろしいことになるという恐怖を味わえた。主にチャレンジしていたのは希少魔族五人組である。最初にセルジア皇国皇室御一行が飲まれた時にはドン引きしていたくせに適応力が高い。これが自由人に友人と認められる由縁だろうか。
ちなみに王女と侍女と魔王側近の女子三人はそんな男衆を理解しがたい生物を見る目で遠巻きにしていました。いくつになっても馬鹿な生き物ねとか小声で話さないでほしい。特に魔王側近・アスタロトに言われると重みがある。へこむ。
一応言っておくと、この幾つになっても馬鹿な生き物と評された側に世界樹の化身・ハベリさんも入っている。女子トークと大分迷った挙句こちら側に落ちてきたかのマッチョ(着衣)はホワイトニング君という未知への好奇心に負けたようだ。口が裂けてもその事実について言及しないというのは暗黙の了解である。
で。
三十分がたって、不意にそれまでちょいちょい身じろぎしていたホワイトニング君が、ぴたりと一点を見つめ動きを止めた。
あれ、とジーノたちが思ったのと、同時だったろうか。
ばっくり、それまでになく大きく、それはそれは大きく口を開けたホワイトニング君。そして。
ギッシャアアアアアアアアアア――――――!!
大音量で鳴いたものだから思わず耳を塞いだ。
蜥蜴って鳴くのか!? そう思ったのは一瞬。
次にぽかんと口を開けたのはジーノたちの方だった。
なぜならば気づけば目の前に黒髪の自由人を筆頭とした自由人どもとなぜか一様に項垂れている二十人ほどのセルジア皇国皇室御一行という集団がいたからである。
……えっ、どうやって出てきたお前ら?
「あはっ。ただいま~」
にっこり笑ってスラギがひらひらと手を振っている。あの笑顔、あの能天気さ、この苛立ち。
紛うことなくスラギである。
その横の黒髪はもちろんミコト、その後ろで戯れている赤茶髪と白髪はアマネとヤシロ。
ここまで普通の態度だとちょっと幻覚を見ていただけでいつも通りだと現状を忘れそうだ。
まあそんな自由人の後ろの皇室御一行がそんな忘却許さないけど。
ちなみにジーノたちが間抜けな顔を晒したまま硬直しているうちにホワイトニング君は任務を終えたとばかりにミコトにすりより、ちょっと頭をなでられて満足したのかするりと影に消えていった。ミコトの影の中である。やっぱりホワイトニング君の飼い主はミコトだと思うんだけどどうなんだろう。
いや、それはともかく。
「えっと。……おかえり……?」
おずおずと声をかけたらスラギの眩しい笑顔が返って来たけれどそんなものは今はいらないしわりと悪魔にしか見えないのでやめてほしい。
それよりも、だ。
恐る恐る、ユースウェル王国友好使節団組と魔王側近組は、みた。自由人の後ろの集団を……見た。
自由人と希少魔族五人組は早々に興味の対象がそれたのか全然関係ないかのような顔でキャッキャしてるけど、突っ込みは後だ。
ざっと観察したところ、血の跡はなし。暴行は受けていないようだ。暴言は受けたかもしれないが、とりあえずみんな自力で立っているので生命は維持されているとわかる。宰相・ガイゼウスと侍女・サロメという、人数把握が得意な二人が頷いたので、シレッと人数が減っていることもないようだ。
とりあえずは、最悪の事態は回避。
ジーノたちは視線をかわしあい、ほっと息をつこうとしたがしかしそうは問屋が卸さなかったことを知ったのは次の瞬間で。
「ミコト様、我ら貴方様の狗。どうかご指示を!」
きらりと光る笑顔でひざまづいたのは皇室御一行全員、妄言を吐いたのは先頭の王冠かぶったおじいさん。
乃ちセルジア皇国皇帝その人。
駄目だ大丈夫じゃない。何か違う扉が開いているようだ。