ペットにしようと思ったからです
とりあえずところてんの様に掴みどころのない精神を持ちうる自由人をして発狂寸前の悪夢を見せられて凡人が大丈夫なわけがないことは断言しよう。
つまり皇室御一行はまごうことなく生命の危機である。事は一刻を争う可能性が出てきた。
ジーノは焦った。……が、はたとかんがえ、そして。
「……その生物は何なんだ。あとなんでアンタら知ってんだ、その謎の生物に取り込まれたものの末路」
話を微妙にスライドさせた。
いや生き証人ということは出てこられるという事だろうけれども、と言いながらジーノは問い詰める。
すると。
「これは昔そこら辺を歩いていた時に俺にくっついてきた『陰蜥蜴』の突然変異体だ」
シレッとミコトが回答した。
「一応陛下のペットで『ホワイトニング』という名ですな。……今の今までただの陰蜥蜴と思っておりましたがの」
補足したのは魔宰相・ガイゼウスだった。
なんで『ホワイトニング』。そんな真っ黒に毒々しい赤い斑点がぼつぼつある、『陰蜥蜴』なのに『ホワイトニング』。あれか、対象を跡形もなく綺麗に掃除するからかそうなのかスラギ、どうせお前が名付け親なんだろう。
ジーノたちはじとりと宰相・ガイゼウスを見れば頷いた。やっぱり名付け親はスラギでヤシロのペットなのにミコトに一等懐いているらしい。なんでだ。
ちなみに『陰蜥蜴』は魔物の一種で、基本的に他生物の影に入り込んで妙な形の影を作ったりして悪戯する、無害に近いものだ。入り込んだ影の主から魔力を吸い取って糧とするが、微々たるものの為たいていの人間は入り込まれていることにも気づかない。一つの対象に寄生するわけでもなく適当に渡り歩くものだ。体躯は成体でも十センチ程度で見た目は黒一色、蜥蜴に酷似しているが尻尾は二股に分かれているのが通常だ。赤い斑点などなく、間違っても成人男性の肩にちょこんと乗ってその存在を禍々しく主張してくることなどないと言っておこう。
なお、ミコトの肩に鎮座するそれは三十センチはあるし足が左右合わせて八本あるし目玉はよく見ると五つあったし、尾は二股に分かれた先でなぜかそれぞれがもう一回二股に分かれるという現象が起きており、多分四本と数えればいいのだと思う。
ガイゼウスよ、どこら辺を見てホワイトニング君をただの陰蜥蜴だと思っていたんだい。
そんな視線で見つめれば魔王側近組とついでに希少魔族五人組が一斉に目を逸らしたので「そんなこともあるだろう、自由人の周囲だし」という、感覚の麻痺にもほどがある結論に達していたようだ。嘆かわしい。
ジーノたちの目は腐乱死体の中でも大分腐敗が進んだそれになっていた。
いや、気を取り直して。
「うん、それで? なんで取り込まれた先を知ってるかだが」
再度聞いた。あれか、やらかして怒らせてお仕置きされたのか、そうなのか。
が、ミコト曰く。
「こいつらが興味半分にこれにちょっかいを出して勝手に怒らせて取り込まれただけだ」
合ってたけど想像してたのとちょっと違った。
ミコトを怒らせたのかと思いきやホワイトニング君を怒らせたらしい。何をやっているんだ自由人。そして自由人を前に反撃に出たホワイトニング君……度胸ある。引き攣った視線に尊敬が混じった瞬間だった。
しかし金髪の自由人はのたまった。
「だって入ってみたかったから~」
自由か。ジーノたちは返す言葉もなかった。
だのに。
「俺も入ってみたが、まあ面白い空間だ。割と簡単に出られるしな」
ミコトも言い出したものだから遠い目になった。簡単に出られたのはきっと自由人だからだよ。そんな言葉はそっと心のうちにしまっておいた。
いや、うん、そろそろ。
「そんなホワイトニング君に取り込まれた皇室御一行は出てこれてないしそもそも悪夢に耐えられるような強靭な精神持ってないんだって、だからぺってしなさい!」
此処でジーノはうっかり逸れ過ぎた話題を元に戻した。いったん逸らしたのは自由人の気が変わらないだろうかという願いがこもっている。だって彼らは気まぐれだからだ。
しかしここで。
「別に、今こいつらに悪夢は見せていない。スラギたちが悪夢を見たのはこいつを怒らせたからだ。今は騒がれるのが面倒だから一旦しまえと俺が言っただけだ」
何を言っているんだとばかりにミコトが言ったけどお前が何を言っているんだ。なんでヤシロのペットがミコトの言うことを忠実に聞くんだ。
ちなみにホワイトニング君の住処はヤシロではなくミコトの影の中だそうです。
なんでヤシロはホワイトニング君を自分のペットだと主張してるの? 意味が分からない。
ジーノたちは遠い目になって再び返す言葉を失った。
が、さらにシレッと黒髪の麗人は。
「今から俺も入るが」
そうのたまったものだからいっそ微笑んでジーノは思った。
だからね、そんな風呂入ってくるみたいに簡単に言わないでほしいんだ、と。