多分、みんな疲れていたのです
ちょっと待て。
本当に、待て。
……『陛下』、だと? セルジア皇国の君主のことは、『皇帝』、だったよな? ってことは、……あれか? あれなのか?
「「国王陛下ああああああああ!?」」
「お父様ああああああ!?」
絶叫である。
まさかの自国の国王が狸だった件。
ていうか報告してたの? 国王に許可とってたの?
……そう言えば騎士・イリュートの実家・ルーリエ子爵家の現当主夫妻は国王の同級生で私的に交流があったと思い出す。だからこそルーリエ子爵夫人は王女・リリアーナの乳母にもなったのだ。つまり連絡が取れなくなった時点で筒抜け。
そもそも、そうだ、他に有能な諜報員などいないのだから見張りも最低限だ。国王に報告されていても誤魔化せるにきまっている。
……セルジア皇国は何がしたかったのだろうか? やっぱり手の込んだ自殺だろうか?
ていうかつまり結局、騎士・イリュートは俗にいうWスパイなのになんで騎士・イリュートとミコトはのんびりまったりしてるの? 暢気なの?
いや、ともかく。
騎士・イリュートが語った国王の主張は。
スラギに関しては先ほどジーノも内心思ったとおり、戦慄するのは向こうであり何ら痛手にはならないから問題ないとのこと。
そしてミコトに関しては、干渉する権利はないが庇護する義務もない、むしろスラギに溺愛されていてなおかつミコト自身もスラギと同類。
『むしろ、自由人を手に入れようとして頑張って頑張って頑張ったのに何の意味もなかった虚しさを分かち合える気がする』。
「……って、陛下が」
おっとりと述べた騎士・イリュートの向こうに、虚ろな目をした国王が見えた気がした一同である。
そして国王はタヌキというよりただただ自由人に疲弊していた件について。
流れ的にユースウェル王国国王もミコトの神聖魔法及び治癒魔法について知っていたらしいのにこの対応。完全にスラギで懲りている。
超同感。
ジーノ含め一同頷いてしまったこの場の空気をどうしてくれよう。
……いや、待てよ。
「だが、ならなぜ俺には何の連絡もなかったんだ」
眉をひそめたジーノ。当然だ。何度も言うがジーノは騎士・イリュートの上司で騎士団長。そして国王の戦友。この友好使節団も、代表は王女だが引率責任者はジーノだ。なのに。
じとり、みた。
すると。
「……なんか、」
曰く。
『……ミコト殿を連れてきたときの、腐乱死体のようなジーノの目を見たか? 見たであろう? あれを見てさらなる心労を強いれると思うか。私はあれに辞表を叩きつけられたら泣くぞ?』
すでに半泣きだったらしい。
まさかのジーノの精神状態を危ぶまれていた。
確かにあの時は現実を見ないように見ないように細心の注意を払っていたけれども、腐乱死体のような目をしていましたかそうですか。
「はははははは……」
乾いた笑い声をあげたジーノ、憐みのこもった騎士・イリュートと王女・リリアーナ、宰相・ガイゼウスと側近・アスタロト、近衛隊長・ファルシオの視線。そしていたわりのこもった手つきで侍女・サロメはジーノの手を握ってくれました。
うん、辞表はまだ出さないことをジーノは誓った。
精神疲労の原因はまだまだ楽しそうに更地というよりはそろそろ局地的天変地異を引き起こすつもりなんだね君たち、というような会話を隣で繰り広げているけど。
いや、切り替えよう。
つまりは、あれだ。
イリュートも騎士、一応同僚の特別騎士・スラギを以前からそれなりに見知ってはいた。
国王に関しては言わずもがな。
自由人という生き物の自由さを見知っていた彼らにとって、彼等の情報がどこにどう流れようともただただそれを聞いた人間の混乱と戦慄しか引き起こさないと知っていたのだろう。利を見て手を出しても反対側に手を折られることは実体験済み。哀しい。
そして情報漏洩が当の自由人どもに露見したところで、多分国王的には自由人は興味を示さないと思っていた。歴史の裏側に潜む自由人の影までは国王に報告していなかったようだから、そう思うだろう。
実際、スラギの事だけならそれで正解だったはず。
だがミコトを巻き込んだ時点で何もないということはあり得ない。……危機一髪だ。冷や汗ものだ。
ただ、ミコトもスラギも、特にユースウェル王国に帰属しているという意識がないから、売った、売られた、裏切られたという認識もない。だからこそのこの結果。
ミコトを利用しようとしている阿呆はセルジア皇国。それさえわかっていれば自由人たちには十分で、その過程は彼らにとって特に意味はない。
……うん。
知らぬ間に勝手に超危ない橋を渡っていた国王と騎士・イリュートには全力で説教をしたい。したいけれど、今は。
ただただジーノは思う。
理解しがたい自由人の思考回路を、大体推測できてる自分、やばいと。