会話が成立することもあるのです
それは、素朴な疑問だった。
旅が始まって四週目に入った頃だ。
何だかんだで餌付けが完了していたという衝撃の事実が発覚したりした旅路であるが、何はともあれ天気も良く魔物にも遭わずスラギも比較的じっとしていて平和な昼下がりであった。
ぱっからぱっから騎士団長・スラギ・ミコトで馬車を囲みながら順調に道を進んでいた時の事。
ふとした瞬間、騎士団長が尋ねたのである。
「そう言えば、お前らって昔旅してたんだよな? もしかしてこの国の出身じゃないのか?」
と。特に意味はない、出発前の会話を思い出しただけのこの疑問。
それにスラギとミコトは顔を見合わせ。
「言ったこと無かったっけ? そうだよ~」
スラギが笑ってミコトが頷く。
騎士団長は思った。もしやこの反応、会話が成立するのではないかと。そこでさらに聞いてみた。
「へえ。じゃあどこの出身だ? お前ら仲いいし、同郷なのか?」
すると果たして、スラギはあはっと笑って。
「はっきりとはわかんないんだよねえ、俺もミコトも。まあ子供のころはセルジア皇国にいたけどね~」
まともな答えが返ってきた。
セルジア皇国とはここ、ユースウェル王国の南隣に位置する国だ。
大変わかりやすい。常識的な会話である。なんということだろう、まるで通常の人間を相手にしゃべっているようではないか。
騎士団長はうれしくなった。だからもうひとつ聞いてみた。
「そうなのか? じゃあなんで旅していたんだ?」
が。
聞かれた瞬間である。
今までになくまともに会話を成立させていたはずのスラギが一瞬だまり、ミコトはぱちりと一度瞬きをする。
そして出てきた答えは。
「「……気が向いたから?」」
正常な会話終了のお知らせだった。
なるほど理由はなかったんですかそうですか。
騎士団長は遠い眼になった。
しかしさらに二人は記憶を掘り起こし。
「確か、そうだな。薬草がなかったんだ」
「そうそう。ある日ミコトが『行くか』って外に出てったのを見て、『なら俺も~』って言ったんだよね~」
騎士団長に追い打ちをかけてきた。
おかしい。
それは買い物のノリであって旅に出る合図ではないと思う。
二人の間でどんな意思疎通が起こった。
『行くか』って何。何そのお手軽感満載過ぎてお散歩レベルの発言。
なのにスラギのお返事は何の疑問もたずに『俺も』?
そして躊躇なく旅に出て隣国で就職している現実がここに。
ねえある日突然言い出して出発したあげく帰らないっていうのはそれ世間一般でなんていうか知ってる?
『失踪』だよ?
たぶん二人が消えた場所ではそういう扱いになってるよ?
まあ昔からこの調子なら周りの人間も『ミコトとスラギだから』ですべてが理解されてるような気もするけど。
いや、深くは考えまい。
話を変えよう。
「へ、へえ……。じゃあ、どのくらい旅、してたんだ?」
騎士団長は果敢だった。
そして答えは。
「……六年位か」
「だね~」
意外と長かった。
つまりだ。
彼等は不意に思い立って旅に出て。
きっと薬草やら魔石やらを気まぐれに狩り尽くして。
そんな旅路はミコトが行く先にスラギが現れては消え現れては消え。
それがなんだかんだで六年間。
そして最終的にユースウェル王国に腰を落ち着けたと。
壮大な気まぐれである。