ただそこにいるだけではないから悪魔です
賢明な判断の末、金赤茶白の自由人と何か血なまぐさい話をしている客人五人組はジーノたちの意識からシャットアウトされた。仲がよろしくて何よりだ。ヤシロの悪癖はそのままなもののやはり客人五人組はヤシロのことも大好きなのだろう、楽しそうだ。
まあいい。それよりも。
じいっと。
じいいいっと、ジーノと王女・リリアーナと侍女・サロメは見た。騎士・イリュートを見た。まともな答えが比較的返ってきそうな気がする方を見たのは、本能である。
すると。
「……うん、少し、だけ、」
ゆっくり、瞬きながら騎士・イリュートは白状した。
つまり否定がないということは流した先がセルジア皇国で正しいのだろう。そしてそれは同情を禁じ得ない愚痴交じりではなく、明確な意図を持って。
「……どこに」
「……皇帝、」
ジーノの問いに目を伏せた少年は、けれど応えははっきりしていた。息をのむような音が王女と侍女から聞こえるが、ジーノは眉間に皺寄せて、さらに促す。なぜ、と。
「……母が、攫われて」
ジーノは喉の奥で呻いた。隣国皇帝が自国の子爵夫人を攫って騎士に諜報活動を強いていた? 大問題だ。いや、国に忠誠を誓う騎士がたとえ人質を取られたからと言って、という問題もあるにはある。笑えない。だがやはり皇帝だ。戦争でもしたいのか。何てことしてくれるんだあのおいぼれ禿げろ。むしろ削げろ。削げ落ちた挙句もげろ。そして朽ちれば世の為だ。
呪詛のような思考がユースウェル王国友好使節団の脳裏に渦巻く。
ていうかせめて自国産の諜報員を放ってはくれないか。いやそれはそれで絶対阻止案件だけれども。それでもせめてそういった案件であればこれほど複雑にはならなかったし、そもそも人質を取っての諜報活動などリスキー過ぎる。なぜその方法に至った。
聞いてみた。
果たして答えは。
「なんか、セルジア皇国の、皇子様の所為、って」
瞬間、ジーノたちは血走った目でアマネを見た。
だがしかし騎士・イリュートの言葉は続きがあって。
「あと、……金髪の悪魔、って」
驚異の速さで眼球がスラギを捕えた。
セルジア皇国、皇子。ユースウェル王国への通常の手段による諜報活動を全阻害する、皇子。
そして金髪の悪魔。金髪。ユースウェル王国騎士団長・ジーノが知らないということはユースウェル王国側はそういった動きがあったことすら気づいていなかったわけで、それでもそれを阻止した、悪魔。
「アマネさあああああん?」
「スゥラァギィいいいいいい?」
彼等だ。彼等しか、いない。思わず、呼んだ。すると血なまぐさい話から猟奇的な話へと移行していた彼らはきょとりとこちらを見て。
諜報員、と呟けばああと頷かれた。
軽々しく頷くんじゃねえよ。
「だってスラギがその国にいることは知ってたし。ミコトがどこに住んでるかまでは知らなかったけどよ、スラギが居るのはミコトがいるからだろうなあと。だからユースウェル王国へ行こうとしてたやつらだけはぶちっと」
「だって、気持ち悪かったんだよねえ。俺のこと追っかけてくるんだよ~? 全部捨てといたけど」
人差し指と親指でつぶすしぐさをするアマネ、アハハっと笑いながら小首をかしげるスラギ。
なるほどアマネは黒髪の麗人に害為す可能性は初めから潰す安定のミコト至上主義。
そしてスラギは、まあスラギは……あれでも一応特別騎士という立場で他国への抑制力だから……探ろうとしたんだな。……しちゃったんだな。
「……そうか。なら仕方ないな。どうぞ、そっちの話し合いに戻ってくれ」
理解し、悟り、にこりと中身のない笑みを浮かべてジーノは、金と赤茶の自由人に対する更なる追求を、諦めた。
そしてジーノたちは顔を戻す。何ごともことなかったかのように質問を再開した。いつから、と。
「……この使節団、入る時」
なんという事だ。
ていうかそうか、子爵夫人を誘拐できたのはスラギの身辺じゃないし、多分その時アマネさんはすでに国を離れてたんだな? でもだからと言って育成済みの諜報員はいなかったので強引な方法に出た、と。友好使節団のこともあって焦っていたのだろう。
「それは、ミコトを?」
「友好条約と、金色の、」
「「「「「「ああ悪魔か」」」」」」
なるほどやはり最初は、この旅の一応仮にも主なる目的・友好条約、及び金色の悪魔ことスラギの弱点ないしは引き抜きのための交渉内容を探そうとしていたらしい。
でも、報告されていたのは。
「……なぜ、ミコトのことを?」