ぺらぺらです
当事者のはずが光の速さで空気と化した騎士・イリュート。
再び室内の視線を彼は独占することと相成った。しかし相変わらずきょとりとしたような、茫洋としたような鈍い反応。
この少年、大丈夫だろうか。黒髪の自由人の突然の指名、次の瞬間話題の脱線、そして戻ってきた注目。
驚くのは仕方がない。
けれど一応仮にも彼は一国の貴族の端くれで騎士である。忘れてもらっては困るが王女の専属としてこの場に同行することを許されたくらいには高い能力は持ち合わせているはずだ。
なのにこの反応。首をかしげて目をぱちぱち瞬かないで。無垢? 無垢なの?
確かにこの少年、もともとコミュニケーション能力は高くはない。けれど謎の図太さを持ち得ているのもこの少年である。
何も考えていなさそうでも、あるのだが。
ともかくも。
さて一体どういう事だろう。ミコトの名指してはいないけれども射抜いた視線。それは確実にこの少年を指していた。
全員の視線は騎士・イリュートを探るように細められた後、悠然と腰かけているこの場の支配者・ミコトに戻る。
素晴らしいほど一致した動きだった。
ミコトの勘違いという可能性がこの場の誰の頭にも存在しないことが窺える。謎の信頼である。さすがミコト。
ではなくて。
当の本人たちが見つめ合って動かないので、ジーノは決めた。
犠牲になろう、そうしよう。
だって言い出しっぺを擁している分際で自由人たちはあんまり興味なさそうだし、客人五人組も右に同じだし、ユースウェル王国友好使節組に属す騎士のことが話題なので魔王側近組は口を出しあぐねているし王女と侍女にさせるくらいなら自分がやる。
なぜならば度重なるアイコンタクトによりジーノにはその役割が割り振られてしまっていると自覚しているからである。
そんな自覚はしたくなかった。
まあいい。
とにかく、そっと。いつものように、静かに、しかししっかりと。挙手をしてジーノは、尋ねるのだ。
「彼が何をやってしまったのかについて、ご説明願えませんでしょうか」
何度も言うが、曲がりなりにも騎士・イリュートはジーノの部下だ。本当に何かやらかしてミコトに鬱陶しがられたというのであればそれ相応に注意をしなければならないことだってあるかもしれない。
自由人の思考回路は複雑怪奇なので割と頻々にやってくる「ちょっと何言ってるのかわからない」につき不毛な問答が始まる可能性も否めないけど。
なんであれ。
ジーノの質問に、ミコトは。
「なんだ、気づいてなかったのか。もっと周りをよく見ろ、糞ボケ。こいつは――」
美麗な御尊顔で、眉ひとつ動かさないまま。
「情報、流していただろうが。おそらく、俺のな」
とんでもないことを紙ぺらの如き軽さでペロリと。
ぺろりと、暴露、……暴露しました!?
「「「は?」」」
「「「はあ?」」」
「「「「「はああ?」」」」」
「「「はああああああああ!?」」」
なお、声をあげたのは前から順番に自由人・魔王側近組・客人五人組・そしてユースウェル王国友好使節組である。
金白赤茶の自由人どもよ、なぜおまえらも声をあげた。まさか知らなかったのか。そんなことがあり得るのか。なんてことだ。
いや、そうではなくて。
情報、流してた? 騎士・イリュートが? ミコトの、情報を?
流れからしても、ジーノがいるという時点でも、情報を流していた先はユースウェル王国ではありえない。なぜならそれならば騎士・イリュートよりも騎士団長・ジーノの方が国王からの信頼という意味でも経験という意味でも適任だからだ。
つまりそれは……。
「他国への情報漏洩だねえ」
「場合によっちゃ反逆だなあ」
「物によっては拷問打ち首だな」
やだ、何しみじみ言ってるのこの自由人ども。ジーノたちが青ざめて言葉を濁してる中、華麗に驚愕から立ち直ってミコトよろしくぺろりと何言ってんの?
「……」
ジーノは思わず胡乱な目を向けた。騎士・イリュートも固まっている。しかしここで。
「流した先はセルジア皇国だろう」
簡単にぶっこんで来たのはミコトさまでした。
安定過ぎるが、言おう。探られた張本人よ、お願い少しは、取り乱せ。