紛れもなく育ての親だと思います
落ち着こう。
騎士団長は深呼吸を四回ほど繰り返し、腐った魚の目をよみがえらせた。
そして咳払い一つ、口を開く。
「さて質問なんだが」
が。
「あ、何事もなかったかのように戻ったね団長~」
「蒸し返さないでくんない。あといつでも何事もなかった顔して物事すすめんのお前らだろ棚上げすんな」
「あ、ミコトお茶なくなった。お代わり」
「この前のクッキー食べたーい」
「蒸し返すなとは言ったけど無視しろとは言ってないんだけど。興味? 興味が失せたの? 気まぐれなの?」
「私秘蔵の酒もあるぞ。つまみはいるか」
「宴? こんな中途半端な状態で宴に移行しようとしてる? 本格的に飽きたんですかヤシロ様。あと執務室に酒を秘蔵する前に書類を片付けてあげてください仕事しろ」
「なんだ貴様も飲みたいのか。わがままな奴め。ほら杯を持て」
「あ、かたじけないって違う。何ナチュラルに撒きこもうとしてんの。うっかり受け取っちまったじゃないですか」
「では、乾杯」
「かんぱーい」
「乾杯」
「乾杯」
「あ、乾杯ってだから違う。ミコト? ミコトまで酒宴に参加すんの? 俺を放置するの? なんでいつの間にか見事に卓が宴会仕様になってんの? この料理上手!」
「料理はたいてい多めに作って保存している。こういう突発的な場で慌てずに済むだろう」
「何という計画的で経済的なお母さん」
「誰がお母さんだ」
「ミコトはお母さんじゃないよ? 俺の嫁さんだから」
「誰が嫁だ」
「だよな、スラギの嫁のわけあるか。俺の奥さんだ」
「俺はお前と婚姻した覚えはない」
「お前らいい加減にしろ。ミコトは私の后だ」
「后でもない」
「やだな~、アマネもヤシロも笑えない虚言妄想はやめてくれない?」
「そりゃ俺の台詞だぜ、スラギ、ヤシロ。馬に蹴られてえの?」
「はっ。貴様らが何をほざこうと、既にわが国でミコトの席は空けてあるのだ。横恋慕は見苦しいぞ、スラギ、アマネ」
「「「ははははははは」」」
なんでこうなった。
和やかな酒宴はなぜか黒い微笑みで満たされた。騎士団長は呆然とミコトに視線を向ける。
「……」
「……」
「「………」」
沈黙だった。
しかたがないので。
「……えっと。スラギたちがまた勝手に何か言い始めたが……どうするんだ?」
恐る恐る声をかけた。
と。
「……スラギ。アマネ。ヤシロ」
ひんやり、というには色のなさすぎる声で、ミコトさんは言いました。
すると。
「「「――ッ!」」」
びっくうっ! という擬音がふさわしいほどの動揺で、三人の肩が跳ね上がり。
「「「は、はーい……?」」」
ぎぎ、ぎ、ぎぎぎ。
そんな音がしそうなほど固まったまま、彼等は振り返り。
みた。
「「「―――――――」」」
「……」
「……」
ミコト様の御尊顔には能面によく似た『無』しかありませんでした。
そんな彫像のごとき無表情で、たった一言。
「てめえら、いい加減にしろよ」
こてん、首を傾げたしぐささえ、
たいへん恐怖でした。
そして受けた三人はもちろん。
「「「ごめんなさい」」」
土下座一択だった。
それを見ていた騎士団長は。
母は強しだなあと思ったのでした。