脱線事故にはご注意を
「そんなことはどうでもいい」
愛を一身に受ける中心人物が話題をバッサリ切って捨てましたがそもそも『常識とは』に端を発した会話を丸ごと『どうでもいい』と言い切った彼は紛れもなく自由人の筆頭です。
そうだね、かつて出会ってそれほど時間が立っていなかったころ。まだ騎士団長にそれほど気を許していなかったであろう、あの頃。
ミコトは常識を説いた騎士団長に向って吐き捨てました。
『あ? 常識? 知るか。なんで俺がそんなもんに従わなきゃならねえんだ』。
そう、この時点で既に常識とはミコトの中で『そんなもん』に成り下がっていたのです。
形無しだ。
いや、そんなことはそれこそ今更なんだけど。ていうかうん、世間一般様で言う『常識』なるものとかけ離れた生活を日常としている人間の中で培われるわけないよね。常識って日々の積み重ねが形作るものだもの。ミコトたちが積み重ねてきたのは世に言う『非常識』であるのだから必然の結果だ。
古に眠りし黄龍なんてものに拳という肉体言語で語り合うというより一方的に語ったあげくぼろ雑巾のように捨てていくのが日常なんだもの。
……一生のうちに幾つ伝説を打ち立てたら気が済むの? そんなに歴史を動かしたいの? 騎士団長が知らない世界史の真実を後いったい幾つ隠し持ってるの?
ともかく。
ミコトの台詞と共に幸せそうに自由人どもが群がり始めたのを横目で見つつ。
そっと、まっすぐ、騎士団長は挙手をしました。
「質問です」
が。
「は~い、騎士団長く~ん」
笑ったスラギは眼鏡もかけてノリノリでした。
イラっと来た。
ので。
「何なの教師なの。そんなノリは不要なんだけど。遊びたいの? それとも何も考えてないの? つか俺の方が年上だからな? そして上司だからな? たまには思い出せよ頼むから。そして『騎士団長』が名前みたいに言うのやめてくんねえかな。それ職業だから」
「うんうん、それで~? 質問はな~に?」
「絞められたいの? わざとなの? やっぱり何も考えてねえの? 何にしろきゅっと行きたいんだけど駄目か?」
「やめとけって団長さん。のどかわくだけだろ。ジュースいるか?」
「俺がなだめられる流れなの? んでもって何でジュース? 子供じゃないから。年上だっつってんだろ。それとも糖分が足りないと思われてるの? 足りないのは糖分じゃなくて安寧だよ。つかそんなもんどっからだしたよ四次元?」
「ミコトがくれたけど」
「貴様が一人で笑っているから放置を決めたミコトと私たちはお茶の時間だ」
「ミコトの亜空間の可能性は無限だな。でも人を置いて何優雅にしゃれ込んでんだよ。ていうか俺笑ってた? 記憶がない。記憶がないぞ。そしてそれが本当だったら申し訳なかったと思います」
「本当だし虚空を見つめて笑う貴様はとても気持ちが悪かった」
「ヤシロ様は本当に棘がありますね泣いてもいいですか」
「ごめんね団長、俺もヤシロに一票だから~」
「悪いな団長さん、俺も否定できねえわ」
「近寄りたくない程度には不気味だな」
「なんでこんな時だけ真面目な顔で言うのスラギ。そんな申し訳なさそうな顔されるとさらに刺さるんだけどアマネさん。そしてまさかのミコト。そんなに? そんなに気持ち悪かったですか泣いていい?」
「安心しろ、わりと見慣れている。気色悪いとは思うがそれだけだ」
「何に安心すればいいの? 気色わるいが確定したうえに見慣れてるってどういう事でしょうか。まさか俺は頻々に虚空に向って笑んでいるとでも言うのでしょうか」
「あんたは阿呆か」
「自覚がないとは思わなかったぞ」
「あはっ、そこが団長だけど~」
「よかったな団長さん、自覚出来て」
「自覚記念に喜べと? どうしようわーいってもろ手を挙げるべきなの? それともそこまで言われる現状に穴掘って埋まるべきなの? つかそれ多分あれだから。自由人のあまりの自由に精神の均衡を保つための放心タイムだから」
「でも気持ち悪いよ~?」
「三回目。衝撃が薄れてきた。でも出来れば繰り返さないでほしい」
「諦めろよ、事実だ。ほら自覚出来たってことは今後は減るかもだろ。喜べって」
「的確にとどめを刺しに来た輩に喜べと要求されるとは思わなかった」
「ほら、わーい」
「わーい」
「棒読み~。駄目でしょ、ほら、わーい」
「わーい」
「よくできました~」
「わーい」
こうして完全に脱線した騎士団長はもろ手を挙げて、腐った魚の目をしていた。