彼はただ一人の神でした
「なあ――」
ぬう、と、伸びた手が、動けないグレン翁を絡めとる。
こ ろ さ れ る と。
思った。
グレン翁は、神だった。その力はこの世を作り、育て、回した。
その力をもって、全力で、幼さの残る華奢な腕をはじき返すことは、容易。
そのはずだった。
轟音。暴風。灼熱。烈火、雷光。
閃く。
けれど、
その美しい造形の腕は、びくとも。
ピクリとさえ、揺るがなかった。
グレン翁は、神だった。
ミコトは、神だ。
此の世に生まれた瞬間から、ミコトが、神だ。
重い。つぶれそうなほどに。引き裂かれそうなほどに。
その重さの中、けれどスラギたちはただ茫然としていて、ああ守られているのかと。
グレン翁を圧倒してなお、護るだけの余裕があるのかと。
スラギの、アマネの、ヤシロの。
眸に映る驚愕は、衝撃は、何に対してのものだろう。その驚きの、奥を彩るのは。
グレン翁には、分らなかった。
……なんで、
「てめえ、大概にしろよ」
こんなにも、冷え冷えと。
ミコトの腕が、グレン翁の胸ぐらをつかみ上げる。風が吹き荒れる。重力が増す。崩壊の音が聞こえる。
「はぐらかしてんじゃねえっっ!!」
割れるほどの恫喝。
「は、」
「てめえが、どんな過程で! 俺たちを生み出したかなんて聞いちゃいねえよ!」
叩きつけられる声は。
「『神』に必要な力なんぞ判ってやがったろうが! だからてめえの最初の『人間』は『両性体』だったんだろうが!」
グレン翁の身体は宙に浮く。
枯れ木のようなというには、がっしりとした体のはずで、ミコトの出来上がっていない小さな体躯よりもよほど重く見えるのに。
一緒に暮らしてきた年月で、何度も、何度も。
叱られてきた。窘められた。呆れたように、諭された。
『あんたは、阿呆か』。
零された声は、ああ多分とても、とても、
優しかった。
は、と息を必死に、少年を見る。少年たちを見る。
黒と、金と、赤茶と、白と。
よく知っている。だって見てきた。なのに。
何を間違えたのだろう。何を壊してしまったのだろう。……これほどに、
――ミコトは、
スラギは、アマネは、ヤシロさえもが。
……何に傷ついているのだろう。
嘘はついていない。
本当に迷い、間違い、失敗し、彼等という『器』が生まれ、それをただの魔族や人として生み出すにはもったいなくて。
……はぐらかしてなど、
「――これだけ言っても分からねえなら、」
ミコトの声は鋭く、刺さる。
わからない。
わからなかった。
見る。
ミコトを、スラギを、アマネを、ヤシロを。
全ての生き物と同じように、己が生みだし、けれどどこか特異なままの。
己の現身と、
現身になれなかったものと。
……わからない、
「わからねえなら、てめえの身体に判らすぞ、クソ野郎ッ!!!」
―――――――――本当に、わからない?