境地は既に見えています
騎士団長と侍女が黄昏ているころ。
宿屋の一室で、王女と騎士も和やかとはいいがたい雰囲気で話していた。
話していたっていうか王女が一方的に愚痴をこぼしていたというのが正しいけど。
ちなみに。
宿屋では基本的に三つの部屋を取っている。王女・リリアーナと侍女・サロメで一室。騎士団長・ジーノと騎士・イリュートで一室。ミコトとスラギで一室だ。
当初は実は違った。
女性陣と男性陣で一室ずつだった。なぜってその方が経済的だし、安全のためにも効率的であるからだ。
でも健全な精神状態を保つために現在の形になったのは割と出発して直ぐである。
理由は推して知るべし。
ともかく。
現在、騎士団長とサロメが夫婦そろって『常識とは何か』の命題に向きあっているのが騎士団長とイリュートの宿泊部屋。
そしてご乱心して愚痴りだした王女をイリュートがなだめているのが王女とサロメの宿泊部屋である。
……ミコトとスラギ? ミコトは夕飯の作成中、スラギは狩りに出かけた。
狩りに出かけた。
もうすでに夕闇濃く、帰ってくる頃には町の門が閉まっていることは必至だけどやっぱり出かけた。
しかしもちろん誰も心配などしない。
なぜ? 決まっている。
スラギだからだ。
一番初めに出て行ったときはどうするのかと首をひねったものだが、その日の夜半に空飛んで窓から帰ってきたのがスラギだからだ。
いい子だから宿には玄関から入ってきなさい。
そんなこんなで毎晩とはいかずとも狩りにいそしむスラギ、獲物は翌日の晩御飯になります。
「楽しいしお腹膨れるし、一石二鳥だよね~」
と言われれば頷くしかないので、全員が死んだ目で黙認しているこの現状。
もう好きにすればいいと思う。
でだ。
話を戻そう。
王女である。
大人しく部屋の中で、頭を抱えて愚痴をこぼす王女・リリアーナである。
もちろんその愚痴の内容は疑う余地もなく黒と金の自由人どもの事であった。
「何なんですの? なんなんですの? わたくしはこれでも王女ですのよ。なのにあの方々は全く敬わないどころか敬語すら使いませんわ……」
もっともである。
一応王女なリリアーナ。この六人の中では最も身分の高いリリアーナ。
しかしスラギとミコトは完全にスルー。ため口上等である。
一応注意はした。怒ってもみた。でも笑って流された。
「あはっ、俺たちとお姫様の仲じゃない~」
どんな仲だ。
たかだか数週間前に出会ったばかりのはずではなかったか。あまつさえ。
「懐かしいなあ、国王様によく似てるよね、王女サマ」
そうのたまうものだから一体どうしたらいいのだろうか。
懐かしいって何? 今は違うと? いったいどこへ進化してしまったのだお父様。
というか父王の前でもこの態度なのかこの金髪はとリリアーナは眩暈がする思いだった。
しかも。
騎士団長にその憤りを伝えれば、憐憫の瞳で肩に手を置かれ。
「ご安心ください、いつか陛下と同じ境地に辿り着けます」
何を安心しろと。
『境地』って何。『諦め』? 進化の結果『諦めの境地』にすでに父王は達していると?
ていうかそんなかわいそうな目で見ないで悲しいから。
騎士団長の目を思い出しながら、リリアーナはさらにイリュートに八つ当たる。
「そもそもわたくしたちの目的は魔王陛下と友好を結ぶことですのよ? なのになぜほのぼのしておりますの? 責任を感じて不安に思っていたわたくしが可笑しいんですの? 違いますわよね!?」
あああああ、と喚くリリアーナを、おろおろと見守るイリュート。王女の愚痴はかれこれ二時間、まだまだ続きそうである。
が、しかし。
こんこん、と。
扉が叩かれ王女の苦悩の元凶の片割れが告げる。
「夕飯ができた。早く来い」
瞬間である。
リリアーナは立ち上がって身なりをさっと整えると、「行きますわよ」と一言告げて扉へ向かう。
おいしいご飯は偉大だった。
そして、そんな王女が境地に達するのはそう遠い日ではない気がしたイリュートだった。