取扱説明書を所望します
さも当たり前のように調理の用意を恙なく完了したミコト。
熊の調理をする気満々なミコト。
え? さばくの? さばいちゃうの?
スラギ以外の全員の目が真ん丸に見開かれた。
いや、あの余裕っぷり、あの泰然自若さ、ミコトさんなら野生動物の解体ぐらい軽々こなす。
そこに疑う余地などない。
だがしかし。落ち着いてよく考えよう。
もうすでに日もくれた。焚火がなければ自分の手も見えないだろう夜である。当然、先ほどまでは気にしていなかったが自覚すれば一気に来るもので、お腹だって空いている。
そうであるのに、今から解体なんぞを始めたら、どれほど手際が良くても数時間はかかってしまうだろう。
待てと?
イヤさすがにそれは、と思うもののなぜだろう、ミコトもスラギも真顔で当然のように言いだしそうな気がものすごくする。
顔が引き攣る騎士団長である。
が。
その心配は全くの杞憂であったと、この直ぐ後に騎士団長は思い知ることになるのである。
「あはっ、大丈夫だよ、ミコトさん解体上手だから~」
おもむろに、スラギが一歩前に出る。
それに周囲が疑問符を浮かべているうちに、ミコトはひょい、と大きめの解体包丁を取り出した。
ちなみにこの解体包丁、ミコトの自前である。
これに関して、旅をする上では必需品であるのだと後にミコトは明言している。
その折である。
『普通はいらないよ? だって宿に泊まれるように日程組んでるからいらないよ?』
そう突っ込んでなぜか異常を見る目を向けられたのは。
勿論その時騎士団長は声を大にして言いたかった。
「世間一般の常識を『そんなもの』と一刀両断したその口で『常識』を語らないでいただきたい」と。
切実にこの自由人たちの取扱説明書を所望したかった。
ともかく。
やはりミコトはスラギに慣れきっていた。
でだ。
そんな慣れきった自由人二人が独自の世界の常識をこれから披露してくださるのだという。
そして、それはごく自然に。
「いっくよ~」
あはっと笑いながら、スラギが魔法を発動。
熊の巨体がふわりと浮いた。
……浮いた?
なぜ浮かせた。
疑問符が頭上を乱舞する。
しかしミコトはやはり当たり前の顔をして。
「ああ」
そして。
ばびゅん、と。
スラギが風で熊の死体をミコトの方へ放った、瞬間ミコトが包丁を持った手をひょいと動かし。
「よし」
そうミコトが声に出した時には熊は綺麗に肉と骨と内臓と皮に分けられて並んでいた。
笑うスラギ、うなずくミコト。
何が起こった。