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さて、そんなこんなで紆余曲折ありながらも、騎士団長のメンタルを順調に削りながら旅は進んで一週間。
夜である。
しかし一行は町ではなく村でもなく道からやや外れた森の浅いところで夜営直前。
予定?
完全にくるっている。
もちろん言うまでもなく自由人ども……正確にはスラギの所為である。
誰の言うことも聞かずむしろ話など右から左であっちへこっちへ。
花から花へと飛び回るお前は蝶か。
このご時世、一定の時間を過ぎると町の外門は魔物対策で閉ざされてしまい、よほどの緊急時にしか開かれない。
だというのにスラギをひっ捕まえたりスラギを連れ戻したりスラギを説得したりスラギを説教したりしているうちに、にっちにもさっちにもいかない中途半端な道端で完全に日が暮れた。
おかしい、町と町の距離は徒歩でも開門時間に辿り着ける距離であるはずなのにどうしてこうなった。
まあ完全にスラギの所為なのだが。
それでも、一応仮にも王女が同道する魔王への友好使節団なのだから門を開けてもらうことは無理を言えばできなくはないだろう。
普通なら。
でも普通じゃないから無理である。
では、いったい何が普通ではないのか。
それについては以下のやり取りで判明する。
まず騎士団長は虚ろな目で、スラギに言った。
「……初日は、ネズミだったな?」
「うん、ちょっと小さかったねえ」
「次の日はカエルだったな……」
「あはっ、カエルって鶏肉に似てるでしょ?」
「三日目は、ウサギだったか……」
「ウサギ肉も淡泊でおいしいよね~」
「四日目は、亀だったなあ……」
「結構良い出汁とれるんだよ?」
「五日目は鹿で?」
「そうそう、六日目……昨日はイノシシだよ~」
「そして今日は……ははは、」
騎士団長は視線を虚ろにずらす。すると、本日の獲物とバッチリ目と目が合うのである。
「……熊かあ……」
乾いた笑いしかでなかった。
あはっとそれに満面の笑みはスラギただ一人。
お分かりいただけただろうか、牽制されても牽制されても結局狩りに突撃していったスラギ、その獲物は日を追うごとに大物に。
特に本日はでかかった。
「しかも、最近噂の人食い熊をやっちゃったかあ……」
騎士団長の声は、虚ろである。
……さて、夜、平和な町に唐突に門を開けさせて熊を差し出す一行が登場。しかもドン引き必須の凶悪な人相の人食い熊。
絶対追い返したいだろうに中には王女がシレッと混じって遠い眼をしている。
拒否したいのに拒否できないジレンマに陥る町の人々が鮮明に予想できる。
予想できてしまうものだから、そんなかわいそうなことは騎士団長には出来なかった。
現在、王女は熊を見てここ一週間恒例の気絶をしている。
侍女・サロメは青い顔で王女を介抱している。
騎士・イリュートはやっぱり青い顔で王女を庇っている。
王女の状態からも強引な移動は無理である。ついたころには確実に深夜を回ってしまう。
だのに熊をサクッと仕留めて現状を作り出した本人はこの笑顔。
騎士団長はそっとスラギの肩に手を置いた。
「スラギ、俺の言うことを全く聞いてなかっただろ?」
「え~、聞いてたよ? 鳥も魚もダメなんでしょ?」
こてん、と小首を傾げたスラギ、美形だからこそ様になる。様になるから腹が立つ。
騎士団長は遠い眼で。
「そうだね言ったね」
頷くけれども首を振る。
「でも違うぞ? 鳥と魚以外だったらいいとか言ってないぞ? ウサギまではともかく鹿以降はどっから見つけてきたの、その執念は何なの」
幸い。
昨日までは捕まえたといっても生け捕りだった。
だからこそ「元いたところに返してきなさい」ができた。
でも駄目だ、今日は駄目だ。
なぜってこの熊仕留められてる。
なんで一番の大物を見事仕留めて帰って来たかスラギよ。
騎士団長はただただ笑うしかなかった。