連れ添った夫婦は似てくるものです
「……」
「……」
馬車の中である。外の喧騒とは裏腹に、沈黙が支配する重苦しい空間。
そこにおわすは王女と侍女。小窓からは御者である青年の姿も見ようと思えば見ることができるが、今はカーテンが引かれて閉ざされている。もちろんカーテンは側面の窓にも引かれている。
だがしかし、車内とは裏腹に窓の外はたいへん賑やか極まりない。
「あ、鳥が飛んでる、そうだミコト、あれ狩ってくるから料理してよ?」
「駄目だからな? 今は狩りの時間じゃないからな? 前進する時間だからな?」
「勝手にしろ。狩ってくれば処理ぐらいはするが」
「違うミコトさんそうじゃない。だから狩っちゃだめだから。一応の日持ちする食料はあるからな? というか基本的に宿に泊まるから自炊しなくていいからな?」
「え~、あ、川の音がする~。……」
「駄目だからな? 狩りがだめなら釣りもダメだからな?」
「え、やだな団長、何にも言ってないのに~。ていうか俺、釣りなんてやったことないよ?」
「そうだな。お前は水辺を見つけたら飛び込んでそこの生態系を破壊する勢いで魚を一網打尽にするだけだな」
「何が違うの? 生態系破壊ってそれダメなやつだろ。というか一網打尽にしてそれどうすんだ? 喰うの? 全部食い尽くすの?」
「いや、干物にして売っぱらう」
「あ、ミコトさんが売るんだ、そこ利益出すんだ」
「楽しいしおこづかいできるし一石二鳥でしょ? ってことで、」
「駄目だからな? 何どさくさに紛れて行こうとしてんだ。素直に進めっつってんだろ」
「大丈夫大丈夫、後から追いつくから先行っててよ」
「お前何を根拠に信じろっていうのその発言? 何も大丈夫じゃねえから。何のためにミコトさんまでついてきてもらったと思ってんだ? おいしいご飯の為じゃないから、お前がここに居る条件だから」
「あはっ、ミコトがいるなら帰ってくるって~」
「暗にミコトさんがいなけりゃ帰ってこないといわれた! なんだこいつびっくりするほど誠意が感じられない! というか判ってるか? わかってないよな? 三日とか一週間とか帰ってこないのは『ちょっと離れる』の範囲を逸脱してるからな?」
「うわ、心狭い」
「こいつが消えたら軽く半月は帰ってこないと思っておけ」
「完全にそれははぐれてるよな? そして俺は心が狭いんじゃなくて正常なだけだ……」
以上、キャストは騎士団長・ジーノ、スラギ、ミコトである。
ちなみにまだまだ三人のやり取りは続いている。
だんだんと声に張りが失われていく騎士団長、どこまでも楽しそうなスラギ、不意に心折れる発言を平然とかますミコト。
そんな、聞いてもいないのに聞こえてくるやり取りは緊張感もくそもない。
おかしい、自分たちはいったい何しに行くのだったか。ピクニックであろうか。ほのぼのである。
そこまで考えて、王女は独り首を振る。
ちがう、魔王のとこに友好を結ぶに行くのだ自分たちは。多分。きっと。……おそらく。
王女はぽつりとつぶやいた。
「外のあれは……何?」
「王国騎士団長・ジーノと王国特別騎士のスラギさま、そのご友人のミコトさんです」
「知ってるわ」
あくまで冷静に答えた侍女に間髪入れずにリリアーナは返した。
名前も地位も知っている。出発前の顔合わせで紹介はされていたのだから。
だから聞きたいことはそれじゃない。
リリアーナは侍女・サロメをじっと見る。
サロメはすっと目を逸らした。
「あれは……大丈夫なの?」
いろんな意味で。
沈黙に堪えかねてリリアーナが再度そう尋ねれば、やはり冷静にサロメは返す。
目はやっぱり逸らされていたけれど。
「ジーノはあれでも騎士団長を任される身でございます。スラギ様も、王国特別騎士として陛下の覚えもめでたく、その実力は国内随一と聞き及んでおります。……ご友人のミコトさんは、お若いですが医術の心得があられるそうで、いずれも高い能力を持つ方々ですよ」
決して直視しない瞳でにっこりとほほ笑む侍女の姿は苦労性な旦那にどこか似ていた。
「……そう。そうね。わたくしもそう聞いているわ。……でも、」
問題は能力ではなく常識の持ち合わせがないことではないかしら。
言ったリリアーナの瞳は死んでいた。
世俗から離れた箱入りの王女にさえも押された烙印、その名はぶれない『非常識』。
そんなリリアーナに、サロメは言った。
「気のせいです」
美しい笑顔だった。
慈愛に満ちていた。
「気のせいと思い込めばすべては気のせいであったということになります」
旦那直伝の処世術であった。