新たな境地を発見しました
アマネは言った。
――『この世で一番、ミコトを愛しているといえるようになったら』と。
なんだそのそびえたつ巨塔のような条件は。
いや、確かに。
スラギは言わずと知れたミコト至上主義で、ミコト以外見えていないしミコトが彼の世界の全てである。
スラギが、この世で一番愛しているのは誰かと言えば、自他ともにミコトであると認めるだろう。
軽々と条件をクリアしている。
むしろ一択クイズだ。
そしてアマネ。
アマネもアマネでミコト信者であるということはさほどまだ長い時を過ごしたわけではない騎士団長たちにもわかっている。
だってほら、あのスラギと張り合って日課のように大げんか一歩手前繰り広げては当のミコトに沈められてるし。
彼もまた、この世で一番は誰なのか、と問われれば、既に御母堂が亡くなられている現状『エロ爺』と呼んではばからない実父をはじめとした皇室の人間よりも、ミコトであると答えることは想像に難くはない。
やはり難なくクリアしている。
そんな彼らはサディスティックでバイオレンスなあげく、結構ちょいちょい死に目に会うとしても、それでもミコトが一番だというのだろう。
美しい友情であり固い絆である。……多分。
それはわかった。
が。
「……」
うん、騎士団長はそれでは目を逸らすしかないではないか。
ミコトに親しみは持っているけれども、どうしたってそこまでの傾倒はできないと判っているのだから。
つまり騎士団長たちは何かが起こって一線を越えない限りはミコトに名前を呼んでもらえなくて、もちろんスラギにも名前を呼んでもらえないと。
そういうわけか。そういうわけなんだな。
うん。
…………。
なんでそんな偏った基準確立しちゃったんですかミコトさん。
何この敗北感。試合に負けて勝負にも負けた気分だった。一発KОである。
再起は不能だ。
ともかく。
「えっと、その基準は揺るぎなかったりしちゃうのか、アマネさん……」
未練がましく聞いてみた。
が。
「揺るぎないっつうか、別にあれミコト意識してるわけじゃねえみたいだし。無理じゃね?」
アマネの回答は騎士団長の心に優しくなかった。
ていうかミコトさん無意識でそれっていっそ素晴らしいな。与えられる好意の鏡返し。なんなの、他者から与えられる感情の重さを測る装置でも内蔵されてるの? それとも野生の勘なの?
騎士団長はそんなことを考えて、涙が滲みそうな視界から意識を逸らした。
のに。
「まあ……今名前なんて呼ばれなくても、どうせ団長さんたちとの付き合いはこの旅限りなんだから、気にすんなよ」
とかなんとか、慰めると見せかけてアマネの中で騎士団長たちの後の格下げがすでに確定しているという事実をナチュラルに暴露された。
自由人とはごくごく自然に他人の心の傷を抉るだけでは飽き足らずぐりぐりと押し広げる生き物であったと思い出した。
鬼畜である。
騎士団長の瞳は嘆きを通り越して生きる気が感じられない虚無の境地に到達した。
「あれ? 団長さん? 団長さ~ん?」
ひらひら、目の前で手をふるアマネ。
騎士団長はひきつった唇で壊れたオーディオのようにひたすらハハハハハハハハハハと笑っていた。
不気味だった。
そんな騎士団長が、虚無からの帰還を果たすには、それなりの時間を要したのである。
だからだろう。忘れていたし、気づかなかった。
騎士団長は食堂で壊れて、それに若干引きつつアマネもまだそこにいて。
二階ではサロメが寝る準備を整え王女は寝台に潜って英気を養う。
イリュートは騎士団長に任され室内で待機中。
黒と金の自由人はいまだ氷点下の説教中で。
――魔王城まで、あと少し。