精神状態は常に安定しています
そして三日後である。
期は別に熟していないけれども用意は何とか整った。
そんななんやかんやで魔王のもとへ突撃することと相成った即席にもほどがあると誰もが口に出さずに思っている一行の、そのメンバーをここに紹介しよう。
まず、言わずと知れたユースウェル王国王女、リリアーナ・ユースウェル。プラチナブロンドの髪に鳶色の瞳の美少女。この友好使節の代表である。
次に、王女専属侍女、サロメ・アレドア。茶髪に碧眼を持つ微笑みの美女。暗器を使いこなせる女傑でもある。
それから王女の乳兄弟にして専属騎士、イリュート・ルーリエ。赤髪に茶色の瞳のルーリエ子爵家の三男。
そしてもちろん、参加の承諾を汗と涙とその他もろもろでもぎ取ったスラギ、その釣り餌であるミコト、自由人と対峙した功労者たる騎士団長。
以上六名。
少数精鋭である。
少数過ぎる? 魔王が大人数はうざいというのだから仕方がない。
ちなみに騎士団長はオレンジ頭に紫の目、名前はジーノ・アレドア。
アレドア伯爵家当主であり、王女専属侍女である美女・サロメの旦那様であったりする。
騎士団長はまさかの既婚者だった。
そして奥方はまさかの美女だった。
そんでもってまさかの夫婦で魔王のもとへ。
しかし夫婦間の力関係は奥さん>旦那だというのだから騎士団長は何処までも苦労性である。
ともかく。
「リリアーナ様、人数は絞られていますが御身は必ずお守りいたします」
騎士団長が頭を垂れ、まあ国王から言葉を賜ったり親書を預けられたりなんやかんやあったのだけれども割愛するとして。
兎にも角にも盛大に見送られた一行は出発。
馬車に乗るのは王女と侍女・サロメ。御者台にはイリュート。
騎士団長・スラギ・ミコトは馬上の人である。
吃驚するほど質素であったが、むっつりしつつも魔王の言葉は国王より伝えられていたのだろう、王女も表面上、文句は言わない。
ただ。
「スラギ、ホント頼むから行方をくらますなよ? 頼むから。どっか行きたくなったらオレかサロメに言え、いいな? わかったな? ホントに分ったな?」
苦労性の騎士団長によるスラギへの余念のなさすぎる牽制。
だがしかし。
「了解了解~。あ、ミコト、馬久し振りでしょ、一緒に早駆けしよう?」
「安定の何も聞いていない! 何を了解したお前!? 早駆け却下!」
当のスラギは笑ってミコトに話しかけ、今にも何処ぞへ行方をくらましそうな様子に首根を掴んで必死に止める騎士団長。
そして話しかけられはミコトはと言えば。
「一人でどこへでも行けこの糞ボケ」
こっちもやっぱり安定のひどさだった。
ぶれない。
それを聞いて騎士団長はやっぱり叫ぶ。
「止めてくれ!? 何処へでも行っちゃだめだから、一人で行くのもダメだから! 常識で考えろよ、団体行動は基本だろ!」
「あ? 常識? 知るか。なんで俺がそんなもんに従わなきゃならねえんだ」
何処までも真顔で言ったのはミコト。
「常識なんて人それぞれでしょ~」
あはっと笑ってそう言ったのはスラギ。
いつの間に常識は『そんなもん』に成り下がったのだろうか。
そんでもって世間一般の基準となりうるものが『常識』であってそんな『人それぞれ』とか笑って定義を崩壊させないでほしい。
「お前らホント自由だな! お願いだから言うこと聞いて!」
自由人が増殖してしまった現実に、騎士団長の叫びには泣きが入っていた。
そして、そんな出発早々の大騒ぎを見つめる目が三対。
「……」
「……」
「……」
馬車と御者台から、そっと目を見合わせた王女と侍女と若い騎士。
あまりの光景に何も言えない何もできない。
むしろ何もしたくない。
……はて自分たちはこれから一体何をしに行くのだったか。
早くも目的を見失いそうになった一行だった。