誰か気づいてあげてください
深緑ざわめく初夏。
その日も彼は店を開け、大繁盛とはいかないながらも充分な客足をさばきつつ、いつも通りの日常を過ごしていた。
穏やかな風、穏やかな陽気。
彼はとても凪いだ心持ちで、店内の商品を補充していた。
が。
ガラリ。
静寂は突如破られた。
音の犯人は突然勢い良く開けられた店の引き戸である。
しかし勢いが良かろうが何だろうがここは店。もちろん彼は客だと思った。だからいつものように顔をあげる。
「いらっしゃ、……」
しかし、その声は途中で止まり、もともと表情に乏しい顔は完全なる無表情なのにこれでもかと胡乱な色を乗せてひたりと扉の方を睥睨する。
そして、
「やっほ~、ひさしぶりだねえミコト」
場違いも過ぎるほどに能天気に明るく店内に響いたその声に、わずかに眉間にしわを寄せた、彼は。
「なんだてめえか帰れ」
言った瞬間である。
ごっ。
鈍い音を響かせ、能天気な声の主を彼は華麗なる足技によって店外へとはじき出す。
容赦などなかった。
しかもだ。
がらがっちゃん。
地べたに転がったそれを一瞥すらない清々しさで、鍵をかけた。
何のためらいもなかった。
茫然として心折れる、もしくは怒り心頭にがなるのが普通の人間として正しい反応ではないだろうか。
しかし、蹴りだされた方はとても元気だった。
「あはっ。ひどいなあ、ホント、ミコトったら安定のひどさだねえ」
何事もなかったかのように跳ね起きたかと思えばからからと笑い、喚く。
何が可笑しいのか理解できるものなど本人以外にはいないだろう。
しかもそれでは終わらない。
その男、ごく自然に何でもないことのように一本針金を取り出し。
かっちゃんがらり。
開けた。
「もう、話ぐらい聞いてよ、つれないんだから」
そして店内で全くの無表情のうちになぜそうまでと思うほどの不快感を表し、仁王立ちする彼の肩を抱く。
空気が読めないのか読まないのか。
後者であることを嫌というほどわかっている彼――ミコトは男を睥睨し、肩に置かれたその手をがしりと掴んで、初夏に極寒の風を吹かせた。
「黙れスラギ。不法侵入者に振りまく愛想はない」
思わず命乞いをしたくなるような冷徹さだった。
が。
「何言ってるの、産まれてこのかた愛想なんて持ち合わせてないでしょ~」
能天気な不法侵入者……スラギはカラカラと笑うばかり。
ミコトの視線はますます冷え切っていく。
そして。
そんな二人を傍から見て背筋を凍らせているスラギの同行者が、実はいたのだが……完全に、忘れられていたのだった。