6-15 決着
深見アラタは、伊部 壮心とホテルの部屋で対峙している。
最後の大一番だ。
これまでは一貫して伊部の優勢だった。
しかし、それも今日までの話だ。
「マインドコントロールパネルには100人、という人数制限が付けられていた筈です。それは貴方も同じですか?」
「…。」
伊部は無言だが、その反応は正しいと言う事を裏付けている様に思える。
アラタも伊部がマインドコントロールパネルを持っていると言う仮説を立てた時に、全く同じものなのかどうか気になったし、今日までその結論は出ないままだった。
それは恐らく伊部も同じだったのだろう。
だが、今の反応でどうやら同じものであったらしい、と言う事が分かった。
「…その制限と言うのはなんでしょう。100人の人をマインドコントロールしたらそれで終わり、という事だと私は思っていました。貴方もきっと同じでしょう。」
「…違うと言うんですか?」
「えぇ、残念ながら。100人と言うのは、“反転”へのカウントダウンだったんです。」
おし黙る伊部の目が続きを促す。
「…つまり、100人をコントロールした時点で、プラスがマイナスへと“反転”するんです。尊敬は軽蔑に、依存は嫌悪に、そして愛は憎悪に変わるんです。」
伊部の目が見開かれた。
アラタもこの事を知った時には背筋が凍った。
想像するだけで恐ろしい話だ。
「確かめても…?」
「えぇもちろん。どうぞ。」
“対象”と“被操作者”に伊部の名前を入力する。
「“反転”の項目がある筈だ。違いますか?」
伊部の顔が青白くなっていく。
「つまり、焦がれる程に愛してくれた人が、その瞬間殺したいほど憎む様になるんです。そんな人が100人いたら、それはもう破滅だ。自分が愛した人、頼りにした人、尊敬する人から、殺される程に憎まれる。とっとと殺してくれと願う様な状況でしょう。私も貴方も、それに向かって進んでいたんですよ。」
「そんな馬鹿な!」
伊部がタブレットを何やらタップしているが、反応がない様だ。
「そして、思い至ったのは都築教授のことです。」
「都築…?あの男となんの関係が?」
「都築教授こそ、マインドコントロールパネルを持つ、3人目の存在だったんです。」
「なんだと…!」
「貴方は、前総務大臣をコントロールしようとして、出来なかったから殺した。違いますか?」
「……。」
「そしてその後しばらくして…、恐らく朝熊さんをコントロールしようとした辺りですか。そこでコントロール出来ない対象を知り、更に後に俺に行き着いた。先にコントロールされた対象を更にコントロール出来ない、その事を貴方は知っただろう。…だが俺は、総務大臣をコントロールしてはいない。」
「…!それをしたのが都築だと…?」
「俺も、この事に思い至るまで、都築教授は貴方に殺されたものだとばかり思っていました。だが、違ったんです。都築教授は、100人目の能力をサクに行使して、“反転”した。そして、能力を行使していた奥さんに殺された。」
「……。」
「サクが言っていましたよ。突如、堪え難い程の憎悪が湧き上がってきたと。都築教授がサクに対して、友情・愛情・主従のどれを使ったのかは分かりませんが、それが“反転”し、堪え難い憎悪に変わったんです。」
数瞬の沈黙が、スイートルームを包み込む。
「…だが俺は!まだ6人残っている!それを使わなければ良いのではないのか!」
「6人か…。俺は今はもう3人しか残っていない。ついさっきまでは40人以上残っていたんですが、使ってしまいました。」
「ついさっきまで…?」
「そう。それこそ、この部屋のドアをノックする直前まで。それが、俺が今回気づいた奥の手だよ。」
「奥の手?」
「あぁ。“反転”に向かう数値は、自分が自分に対して好意を向けさせる事以外でも進ませる事が出来る。」
「どう言う事だ?」
「俺が、俺のマインドコントロールパネルを使って、お前を対象者にした好意の数値を上げまくったのさ。」
伊部の顔は、青白さを通り越してもはや真っ白だ。
「そして、これで終わりだ。」
そう言うと、アラタは自分のマインドコントロールパネルをタップする。
「どうだ?“反転”の項目の横に、チェックが付いただろ?」
伊部 壮心は無言でタブレットを見つめているが、その蒼白な顔がアラタの質問を肯定している。
「俺の操作可能な被操作者が3人になって、ようやくお前は“反転”した。苦労したよ。どうしようもないサディストばかりを40人も集めたからな。」
「貴様…ッ!」
「お前も分かってんだろ?“愛情”を、“友情”を、“主従”を、100%にした時の異常さ、恐ろしさが。…それが反転するんだ。想像しただけで笑えるぜ。」
「だが!マインドコントロールパネルは双方が顔と名前の一致した状態でないと発動しない筈だ!」
「そう。それがお前のミスだ。マインドコントロールパネルが発動する条件は、“双方が”相手を知っていなければいけないわけではない。」
「そんな事はない!実際、俺の事を知らない相手をコントロールする事は出来なかった!だからあぁして…。」
「そう。お前は自分の顔と名前を知らせる為に、政治結社心の鐘を使ってあのテロ事件を起こした。そして、接触が難しかった相手に対してもマインドコントロールパネルを使用した。…まだわからないか?」
「何がだ!」
「テレビに出て知名度を上げた事でお前の顔と名前が一致する人が増え、マインドコントロールパネルが発動する条件はクリアした。ただしお前は、コントロールする相手を“直接は”知らなかった筈だ。おおかた、警察や自衛隊の最高責任者をネットで調べた、という位じゃないか?」
「……っ!」
「気づいたか?マインドコントロールパネルは、どちらかが一方的に知っていると言うだけでも発動するんだ。ただ、俺もお前も、対象者を自分だとか自分が代表を務める組織にしてきた筈だ。自分が入力する相手なわけだから、当然自分はその人を知っている。その人が自分にどんなメリットをもたらすのかも。だから、双方が知っている様な気がした、と言うだけなんだ。」
「つまり…。」
「気づいたみたいだな。お前は自分を知ってもらう為にあれだけの事をした。それも、大晦日なんていう多くの人が自由になる時間を持てる、テレビに向かう事も多くなるタイミングを狙って、だ。」
「……。」
「お陰で俺の、お前を“反転”へと向かわせる作業はすごくスムーズだったよ。40人以上作業をした中で、お前を知らなくて発動させられなかったのは2~3人だ。サクサク進んだよ。」
「つまり…。」
「まぁいずれにしても、お前に逆転の目はもうないってことだよ、…伊部 壮心。」
「い、いや!待て!お、俺には核爆弾がある!どんなに憎悪を向けられても、圧倒的な力があるんだ!」
「おいおい、いつもの冷静さはどうしたよ?考えてもみろ、俺がここでこんだけ余裕かましてんだ。そこが手付かずなわけないだろ?」
深見アラタはポケットから携帯を取りだし、メールの画面を見せる。
“核爆弾、確保しました!”
という文字。
「さすがに今回は、実行犯をコントロール済みの人物だけで固めることは出来なかった様だな。自衛隊員の葛西さんと矢嶋さん、あと…名前は忘れたけど、もう3人、こちら側に引き入れたんだ。有力者ばかりに能力を使い、実行部隊に使わなかったお前の落ち度だ。残念だけど、お前はもう詰みだ。」
「いや、待て!お前が俺を“反転”させられたんだとしたら、俺がお前を“反転”させる事も出来る筈だ!俺だけ1人ではいかないぞ!お前も道連れだ!」
マインドコントロールパネルをアラタのほうに向ける。
「あぁ、そこについては俺も恐れてたんだ。だが、残念ながらそれもお前には出来ないんだよ。さっき言ったよな?俺がお前を反転させるのに40人近くもかかったって。って事は、1人分“反転”に近づけるのに7~8人はかかるって事だ。お前の残りは6人だろ?俺のマインドコントロールパネルの残りは3人。って事は、25人位いなきゃ俺を“反転”させることは出来ないんだよ。それに、俺がここにいてお前の自由にさせると思うか?」
「…なぜそんなに多くの人間が必要なんだ?」
「反転させるのにってことか?…それは俺がマインドコントロールパネルの製作者じゃないから分からない。…ただ、作業を進めてて思ったのは、きっと簡単に反転させられるんじゃ“面白くない”からじゃないかと思う。」
「面白くない…だと?」
「あぁ…。マインドコントロールパネルはつまり、人間の欲望に入り込んで暴走させるツールだ。お前の残りが6人で、俺が6人お前を対象にしてコントロールすれば反転するのなら、俺にさしてリスクはない。100分の6ならな。ただそれが40人なんだとしたら、相当なリスクだ。普通はそのリスクを犯してまで他人を貶めようとはしない。それよりも自分に有益な使い方をしようとするだろう。欲望に塗れてな…。きっと、そうさせるのがねらいなんじゃないかと思う。全く…、とことん性格の悪い仕掛けだよ。」
「……。」
「そもそもお前にはもう時間がない。お前がコントロールした人間と俺が反転させる為にコントロールした40人、みんながこの上ない憎悪を持ってここにやって来る。もう来始めているんじゃないか?外を見てみろよ。」
伊部が慌ててブラインドの隙間から外を見て絶句する。
既に15人程が集まっており、心の鐘のスタッフと何やら口論を交わしている。
すぐに人数が増え、暴徒と化した人達がこの建物に雪崩れ込むだろう。
伊部がマインドコントロールパネルを手から落とした。
「あれは、阿部、島内、矢野…。そ、そんな…。この俺が…。」
伊部が落としたマインドコントロールパネルをアラタが拾い上げる。
「人の心を喰らって操って、欲に塗れた人間が報いを受ける…。笑えねぇ話だよ、まったく…。」
呆然自失の伊部を背中に、深見アラタはドアを開け、部屋を出て行った。
アラタが部屋を出た事が合図だ。
1分もしないうちに、棒やナイフを持ち、血走った目をした男たちの集団が伊部の部屋に押し寄せた。




