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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第4章 “心の鐘”
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4-14 都築 宣之

4-14


明鏡大学。


東京六大学に数えられる歴史のある大学で、アラタは大学受験の際に不合格になって入学出来なかった、少し悲しい過去がある。


“明鏡に入ってたら俺の人生も違ったのかなぁ…。”


そう思いながら、校舎である背の高いビルを見上げる。

いわゆる大学と言うイメージではなく、オフィスビルの様だ。

この中に、重松に紹介して貰った、FBIでプロファイルを行なっていた経験もあると言う犯罪心理学のスペシャリスト、都築 宣之教授がいるのだ。


目的の階に着き、都築教授に指定された教授室をノックする。


「どうぞ。」


くぐもった声でそうげられ、ドアを開ける。


「失礼致します。14時からお約束を頂いております、MCPコンサルティングの深見アラタと申します。」


「はい。ソファに掛けてしばらくお待ちください。」


壁は床から天井まで本棚で覆い尽くされ、都築教授のデスクやアラタが座る応接デスクにまで本が積み重ねられている。


教授を見ると、何か書いている様で、3冊の本を並べて何やら忙しそうにページをめくっている。

中途半端に伸びたボサボサの頭をむしり、分厚い眼鏡を何度も押し上げながら何かを書き込んでいる姿は、この部屋も合わせて彼の異常性を示している様に思える。


一歩間違えば変質者だ。


映画に出てくる様な、分かりやすく“ちょっと頭の壊れた”大学教授、と言うイメージがしっくり来る。


重松が、知ってはいても仲介を躊躇ためらった理由が分かる気がする。


5分ほど経ったが、都築教授は顔を上げる気配がない。


「あの…。」


声をかけても、作業に没頭しているので、仕方ないと思い直し、本棚の本を見るともなく見てみる。

アラタには到底理解出来ないであろう本が並んでいる。

小説のたぐいはどうやら一冊もなさそうだ。


ふと、都築教授が立ち上がってアラタの方に歩いて来たので、アラタも立ち上がるが、アラタには目もくれず、本棚の一冊を手に取り、また元の体勢に戻ってしまった。


“これだけ沢山の本の中から目当ての本をすぐに見つけられるって事は、雑然としてる様に見えるけど一応整頓されてるんだろうな…。”


そんな事に感心しながら、アラタはまたソファに腰を下ろした。


更に10分程が経過すると、アラタも少しずつ苛立ちを覚え始める。


「あの…。」


日本人らしくつつましやかに声をかけるが、やはり反応はない。


「あの!」


声量を上げてみたが、やはり教授の視線は手元で4冊に増えた本が離れない。

アラタは意を決して、教授のデスクまで進み、教授の目の前にてのひらを出してこれまでで一番大きなボリュームで言った。


「MCPコンサルティングの深見アラタです!」


驚いた表情で顔を上げる都築教授。


「あ!は!すみません。もう少しお待ち頂けますか?」


「いえ、もう20分もお待ちしていますが、一向に手を止める様子もないのでこうしてお声掛け致しました。その作業はあとどのくらいで終わりそうですか?」


「…作業が、終わる?…それは真実にいつ辿り着くか、と言うご質問でしょうか?その意味で言えば、恐らくヤツが次の計画を実行に移せばあるいは…。」


「真実?何をおっしゃっているのか、ヤツというのが誰を指しているのかは分かりかねますが、私はもう20分もお待ちしているんです!私も暇なわけではないので、“ヤツ”があと数分で次の計画とやらを実行に移すのでなければ、先に話を聞いて頂けませんか⁉︎」


「数分!はは!そんな時間で動き出す程ヤツは短慮ではありませんよ。ヤツは蛇より狡猾で、リスクを1つずつ排除しようとしてるんです。どんなに早くても3ヶ月はかかる筈ですよ。それを数分でなどとてもとても!」


「でしたらっ!幾らなんでも3ヶ月ここでお待ちするわけには参りませんので、先に話を聞いて頂けませんか!」


「確かに、3ヶ月もないかも知れませんな…。ただそれを2ヶ月とするなら、イヤ、55日だとして…イヤイヤ、52日までなら…」


「教授!私には時間がないんですよ!52日後の話ではなく、今この瞬間も恐らく計画が進んでるんです!ヤツらと戦うのには教授のお力が必要なんです!そうでなければ、伊部いべの計画を黙って見過ごす事になる!」


と、都築教授の表情が変わり、驚いた表情でアラタを見る。


「伊部…とおっしゃいましたか?」


「…えぇ。伊部 壮心。宗教法人心の鐘の代表です。…ひょっとして、教授が言う“ヤツ”というのも…?」


「えぇ。伊部 壮心。私は犯罪史に残る狂人ではないかとにらんでいます。それを数々のデータが裏付けています。ただ、その為にヤツが使っている“ツール”がどうしても説明出来ない。魔術や超能力でもない限り…。」


「そのツールというのは、“心を喰らう”ツールの事ではありませんか?」


「心を…喰らう…。心を喰らう…。えぇ、そうです。その通りです!えぇ!“心を喰らう”か!その表現はとてもしっくり来る。」


「私の知人が、伊部 壮心の能力をそう評価したんです。そして、その能力を持つのは伊部 壮心だけではない。」


「そ!そうなのですか⁉︎あの様な恐ろしい能力を持つものが他にも…⁉︎」


都築教授の表情がころころと変わる。

変人だが、悪い人ではないらしい。


「その人物は…、特定出来ているのですか?」


「えぇ…。私です。」


「そ!そんな…!いや、あり得るか…。待てよ、となると…。」


また、都築教授が思考のうずの中に入っていきそうになる。


「私は、伊部 壮心と同じく能力を持っていて、そして彼の計画を止めようとしています。」


再び、都築教授の目が見開かれる。


「その話、もう少し詳しくお聞かせ頂けますか…?」


「えぇ。どこから話しましょうか…。」


「…と、その前に…。」


「何か?」


「貴方は、どなたですか?」


「……。」


その後、改めて自己紹介を済ませ、話を進める中で何度も「そうか!その可能性が!」とか「いや待てよ、そうだとしたら…」などとのたまいその都度席を外そうとする都築教授を押さえながら、なんとかこちら側、つまり伊部と戦う側に引き入れる事に成功した。


都築教授は大晦日の放送以降、伊部 壮心の狙いを看破かんぱし、それでも説明出来ないその方法について研究を重ねていたそうだ。

それでも説明のつかない事態に行き当たり、頭を抱えていたらしい。


結論から言えば、教授が説明がつかないと研究していた事は、マインドコントロールパネルの力についてだった。


洗脳のメカニズムでは説明出来ない謎、と言う表現を教授が使ったその謎は、アラタの話の中におびただしい数のヒントがあった様で、その都度メモや本を持ち出して「いや待てよ…」とか「仮にそうだとすると…」とか言い出すのをいちいち押しとどめなければならなかった。


疲れ切ったアラタが教授室を辞したのは既に20時を回ってからだった。

結局、6時間も都築教授と話していた事になる。

再三「検証させてください!」と言いすがる教授に対し、伊部の事件が終わったら、と言う約束をして逃げる様に部屋を出た。


“あの教授、授業とか大丈夫なのかな…。”


結果、都築教授はアラタがマインドコントロールパネルを使わずに味方に引き入れた、初めての協力者となった。

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