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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第4章 “心の鐘”
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4-8 戦う理由1

心の鐘の“大会”を翌週に控えたある日の夜、コンビニへ出掛けたアラタの脇に黒塗りの車が停まった。


後部座席の窓が開き、「乗って下さい。」と声を掛けられる。

見ると、朝熊あさま善治郎ぜんじろうの横顔が見える。


運転席には、つい先ほどアラタの前を辞したユウゴの姿。

サクはいない様だ。


一瞬の躊躇のあと、周囲を見渡して後部座席に乗り込んだ。


にこやかな笑顔がアラタを迎え入れる。


朝熊善治郎はマインドコントロールをしたアラタの従者となっている。

何かをくわだてるとは思えないが、やはり緊張感がある。


「朝熊さん、すみません。なかなかご挨拶あいさつにもおうかがい出来ず。」


「いえいえ、深見様は真っ当なお仕事で成功していらっしゃる。私の様なものとはなるべく関わり合いになられない方が良いでしょう。」


「そう言って頂けると有り難いです。それで、今日はどうなさったんですか?」


車は代々木公園の側道を走っている。

左手に代々木体育館やNHKのビルが過ぎていく。

クルミンの家の近くだ。


しばらくの沈黙の後、朝熊善治郎が口を開いた。


「心の鐘、伊部壮心の事です。何やらお調べになられておられる様で。」


「あぁ、はい。色々と気になることがあって、調べて貰っています。」


「そうですか。彼奴きゃつと戦う覚悟はお決まりですか?」


「いえ…。それはまだ決めてはいないです。とりあえず情報収拾だけでもと…。」



朝熊善治郎の話はこうだ。


政治結社・・・・心の鐘の代表を務めていた溝辺 翔太と言う男は、かつて朝熊あさまさかづきを受けた、いわゆる子分だったらしい。


サクほどではないが優秀な男で、荒事あらごとよりも経済的なヤクザとして組に大きな利益をもたらしたそうだ。


ただそんな溝辺が、1年ほど前に伊部壮心と出会ったらしく、そこから大きく変わったとのこと。


朝熊あさまの元から離れると挨拶あいさつをしに来た時には、溝辺の目には異常な輝きがあり、無理に引き止めようとすれば親である朝熊あさまを殺すことも躊躇ちゅうちょしなかっただろう、との事だ。


その後は狂信的なまでに伊部に依存し、過激な思考に傾いていったらしい。


そして、経団連会館の爆破事件、総務大臣の暗殺事件、さらにはNHK大阪放送局と広告代理店の占拠事件。


溝辺が主犯格であることを朝熊あさまが知ったのは、総務大臣の暗殺事件の後だったらしい。


その時には溝辺の部下たちも含めて完全にテロリスト化しており、朝熊あさまの話にも一切耳を傾けなかったとの事だ。

朝熊自身も警察から関与を疑われたらしい。


「どういう方法で洗脳したのかは知りませんが、伊部壮心と言う男はかなりの狂人です。」


現代の大親分・朝熊あさま善治郎ぜんじろうを持ってしても、恐れる相手なのか。


「この話を聞いて、深見様が進もうとなさるのであれば、私もこの老体を貴方に捧げます。ただし、覚悟なさって下さい。伊部壮心と言う男は、人の心を喰らう化け物です。」


「……。」


人の心を喰らう、か。


アラタも言わば同類だ。


話を聞いて、疑問が確信に変わった気がする。


伊部壮心も、マインドコントロールパネルを持っている。


ただ、アラタは戦うつもりではない。

関与することが怖い。

朝熊あさまは、アラタが戦うと勘違いをしているのではないだろうか。


「そして恐らく、溝辺が関わったあの複数の事件は、伊部の計画のほんの一部でしょう。私が調べたところによると、伊部は既に警視庁の警視総監や自衛隊の幕僚長まで抱き込んでいます。そのクラスを抱き込むという事は、かなりの事を計画していると考えた方が自然です。」


「それは例えば…クーデターとかですかね…。」


「どこまで考えているのかは分かりませんが、伊部はいわゆるタカ派で、外国人の排斥などを強硬に主張していた時期がある様です。それから、電波帯の解放ですね。これはよく言われる事ですが、日本の電波帯の利用は特殊で、一部のテレビ局などの寡占かせん状態です。国の電波で一部の民間企業が不当に利益を得ていると言う主張は何も伊部だけに限った事ではありません。その解放を強く主張する人もまた、伊部に限った事ではありません。」


「そうですね、そう言う話は僕も聴いた事があります。」


「解放させて何を狙っているのかまでは分かりかねます。伊部や“心の鐘”がそれによる利益を確保しようとしているのかも知れません。確かにかなり大きなビジネスですからね。ですが伊部のことです、自由競争にはしないでしょう。恐らくは独占して何らかのプロパガンダを狙っているのではないかと私は見ています。」


「プロパガンダですか…。」


「大規模な洗脳と言った方が近いかも知れませんね。」


「ナチスや北朝鮮の様な事ですか。でも、そんな事が本当に可能なのでしょうか?」


「……。可能かどうか、その件については、私よりも貴方の方が詳しいのではないですか?」


アラタは脇の下にぬるい汗がき出すのを感じた。


「…とおっしゃいますと?」


「私はあの日以来、貴方に忠誠を誓っています。どちらかと言えば忠誠を誓われる側の人間だと思っていたのですがね。」


そう言う朝熊は、言葉とは裏腹に楽しそうに微笑んでいる。


「結論としては、貴方も伊部いべ 壮心そうしんと同じ様に、人の心を喰らう化け物です。そして私は貴方に心を喰われた。違いますか?」


朝熊あさまの鋭い眼光に、金縛りにあった様な感覚を覚える。

言葉が出てこない。


「なかばカマをかけてみた部分もあったんですが、その反応を見ると間違いではなかった様ですね。」


アラタは声を出せない。


隣に座っている男は、その丁寧な口調と内実は全く異なる。

日本を代表するヤクザの大親分なのだ。

殺される、と思った。


「はは。そんなにおびえないで下さい。むしろ私は貴方に感謝しているんです。頭で考えるとおかしな事ばかりですが、貴方に対して憎いと言う感情は一切ありません。むしろ、尊敬というか、得難い人物だと思っているんですよ。」


「…。そう言って頂けると安心です。」


「まぁこれも恐らくは心を喰われた結果なのでしょうが、実質深見様には何らかの不利益を与えられたわけではありませんから。沼津の件では十分とは言えませんが稼がせて頂いた事も事実ですしね。」


「沼津さんの件は、本当に僕は何も知らなかったんです。」


「そうでしょうね。それに何より、伊部壮心と戦うにあたり、貴方の力は不可欠だ。」


朝熊あさまさんは伊部と戦うおつもりなのですか?」


たもとを分かったとは言え、一度はさかずきを交わした人間をあんな無様な形で殺されたんです。親が子のかたきを討つのは当然の話じゃないですか。」


朝熊の目の奥が不気味に光る。

殺気がみなぎっている。この目が自分に向けられていたら、失禁していてもおかしくない程の迫力だ。


「何かプランはあるんですか?」


「まずは情報収集、そしてこちらも伊部に対抗できるだけの戦力を整えることでしょう。どの位の猶予があるのかは分かりませんが、今年になってから伊部はかなり信者を増やしている様です。そんなに時間があるとは思えません。3ヶ月もあれば良い方でしょう。」


「3ヶ月…。そう言えば来週、心の鐘の大会と言うのに行ってみようと思っているんです。」


瞬間、朝熊の首がアラタの方に向く。鋭い眼光に思わずヒッと言う声が漏れた。


「深見さん、貴方は我々の陣営の大将であり、切り札です。迂闊うかつな行動はつつしんで頂かなければ。」


「大将…ですか?」


「自覚がおありではないですか。まぁ無理もないかも知れませんが…。大将と言う言葉はともかく、貴方がいなければ“心の鐘”に勝てない事は間違いない。」


「…けど、僕は戦いなんて出来ませんよ?」


荒事あらごとは我々の様な裏の世界のものに任せて頂く事になるでしょう。貴方にして頂きたいのは戦力を揃える事と、同じ方向を向かせる事です。貴方のためなら命を惜しまない、そう言うチームが必要です。」


「命を惜しまないなんてそんな…。」


「相手は殺す気で来るんです。そんなつもりじゃなかったと言っても首が胴体から離れてからでは遅いでしょう。」


「それはそうなんですが…。」


「深見さん、これはもう戦争ですよ。日本を守るんです。」


「はぁ…。」


「現状では、伊部は貴方の存在を知らない筈です。もし知ったら、確実に潰しに来るでしょう。そうなったら、貴方を物理的に守る事が出来るのは、今のところ私以外にいないでしょう。」


「そ、そうですね…。」


「そして、私が深見さんを守るとしても、あの美しいお嬢さんまでは守り切れない。」


「…!」


「私が伊部壮心なら、確実に彼女を狙います。彼女は貴方の弱点である上に、あれだけの知名度と人気ですから、使い方は幾らでもあるでしょう。」


クルミンに被害が及ぶ…。

全く考えてもいなかった。


「僕が、逃げるわけにはいきませんか?」


朝熊はアラタを見ると、フゥと深く息を吐いた。


「もう始まってしまっているんですよ。伊部は貴方と同じ様に、有名人や経済人を中心に心を喰らっています。その中で心を喰らう事が出来ない対象の存在にも気づいている筈です。」


「心を喰らう事が出来ない対象?」


「えぇ。これは仮説ですが、貴方が心を喰らった相手を伊部は喰らう事が出来ない。」


「なぜ…。」


「私ですよ。伊部 壮心は、私の心を喰らいに来たんです。」

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