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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第4章 “心の鐘”
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4-2 犯行声明

12月も下旬に入り、街はクリスマスイルミネーションに彩られる。


アラタとクルミンは外苑前にあるアラタの自宅で向かい合って食事をしていた。


クリスマスディナーだ。


お互いにプレゼントを用意し、食事の前に交換を終えた。


アラタからは指輪をプレゼントし、クルミンからはかばんを貰った。


アラタは知らなかったが、フェリージと言うイタリアのブランドのものらしく、嫌味にならない程度の落ち着きと質の良さを感じたし、何よりカッコ良かった。


クルミンにあげた指輪も気に入ってくれた様で、指にめてはウットリとした顔で何度もありがとうと言ってくれた。


外でデートしたいと言う気持ちはあるが、何しろクルミンは国民的な人気女優だ。

人の多いところにはなかなか行くことができないので、自然とアラタの家で過ごす事が多くなるのだ。



明日はまた1件、新規のクライアント候補との打ち合わせが予定されている。

と言っても、故・島田常務の葬儀の際にマインドコントロールパネルを使った相手で、既に仕事を発注する事は決まっているようなものだ。


ただ、その企業は所謂人材派遣会社で、シンプルにコンサルティングを受注するのではなく、協業して人材教育のセクションを作らないか、と言う話だ。

アラタは当然、人材教育に関わった事はないし、純哉や中村をはじめとしたスタッフ達も経験がないので、先方は優秀なスタッフを出向させることも含めて検討するという事だ。


仕事も基本的にはその企業に登録しているスタッフの教育を受注できる。

言わば、自分たちで出来ることをわざわざMCPコンサルティングに発注して儲けさせてくれる、と言う話なのだ。


もちろん、先方としてはその後の拡大を狙っているのだろうが、スタート時点ではアラタには何のリスクもない。

喜んで受けるべきなのだが、現時点で仕事が回っていない状態だ。


新しい事に今取り組むべきかどうかと言う点については、重松やサク、純哉達の意見も分かれている。



「お仕事、順調みたいね?」

クルミンが微笑みながら尋ねてくる。


「あ、ごめん。話聞いてなかった?」


「ううん、いいの。好きな相手がお仕事を頑張ってくれていて、それをこうして支えられるのってすごく幸せなことだなぁって思ってたところ。」


そう言って照れた様な顔で笑う。


クルミンは本当に可愛い。何十回会っても飽きるという事は一切ない。


毎回ドキドキする程魅力的だ。


「うん、俺も幸せだよ。手料理も美味しいし。」


「そう?ちょっと濃くなかった?」


「ううん、全然。ちょうど良いよ。ありがとう。」


食べ終わり、2人で洗い物をする。

食器は1人暮らしの時のままなので安っぽいものばかりだ。


クルミンは女性だけあって食器やキッチン周りの小物が好きらしく、ちょくちょく気に入ったものを見つけては買い足してくれている。

今度一緒に食器を買いに行こうと言うとクルミンが嬉しそうに頷く。



洗い物を終えてテレビをつけると、総務大臣の乗った車が何者かに爆破され、大臣は意識不明の重体だとのニュース。


「またこんな事件。怖いね。」


クルミンがアラタの肩にもたれかかる様に腕を回してくる。


「そう言えば、前にもテロ事件があった時、一緒にラジオを聴いてたよね。あれは、秋川渓谷に行った時だったっけ。アラタ君のお知り合いが亡くなったっていう…。」


「そうだったね。あの時の犯人、まだ捕まってないんだよね。プロっぽいし、同じグループなのかもね。」


「そうね。前回もそうだったけど、爆発させちゃうなんて海外ドラマみたいな話よね。」


アナウンサーが慌ただしくなった。


「只今入った情報によりますと、政治結社“心の鐘”が犯行声明を出したとの事です!犯人グループは5ヶ月前の経団連ビル爆破も同様に犯行を認め、電波帯の解放とTPPへの加入反対、アメリカ軍を含む在日外国人のの排斥などを要求しており、年内にさらに2件のテロを示唆しています。」


“経団連ビル爆破”の犯行を認めた、とアナウンサーは確かに言った。

その言葉にアラタの表情が固まる。


「え?心の鐘って…」

クルミンはその名前に聞き覚えがあるらしく、何かを思い出そうとしている様だ。


「ん?何か知ってるの?」


「うん。アラタ君、酒井 しゅうさん知ってるよね?」


「もちろん。一昨年の大河ドラマの主演だった人でしょ?」


「うん。その酒井さんがね、心の鐘っていう宗教に入っているみたいで、以前共演させて頂いた時に勧誘された事があるのよ。」


「そうなの?宗教法人ではなくて政治結社だと言っていたけど、同じ団体なのかな。」


「どうなんだろう。私は細かい話まで聞いたじゃないし、詳しくは分からないんだけど…。うん、心の鐘って確かに言ってたよ。」


「酒井 秀さんか…。超有名俳優がテロ組織のメンバーだなんて事になったら大事件だよね。」


「酒井さん、けっこう大々的に勧誘していたみたいだから、業界では知ってる人多いよ。まさかそんな危ない団体だって知ってて勧誘してたとは思えないけど…。」


「クルミンは、酒井さんとの仕事はあるの?」


「ううん、今はないし、先の予定でもご一緒する事はないかな。」


「なら良かったよ。こんな事になっている以上、なるべくなら関わり合いにならない様にしてね。」


「そうね…。酒井さん自身は嫌な人ではないし、素晴らしい俳優さんだと思うんだけど、出来ればその方が良いよね…。」


「いずれにしても、これだけ大々的になれば警察も必死になるだろうし、いずれ色んな情報が出てくるんじゃないかな。それまではなるべく関わり合いにならない様にしてね。」


「そうだね…。」


「あとクルミン、今日は泊まっていけるの?」


「あ、うん。また朝早く起きて帰るけど、アラタ君が迷惑でなければ…。」


「迷惑なわけないよ。嬉しいよ。」


「…うん、じゃあ、泊めて貰おうかな…。」


既にクルミンは何度もアラタの家に泊まっているのだが、毎回こうして恥ずかしそうにする。

それがまた可愛いので何の問題もないのだが。


いつもは、恥ずかしがるクルミンを背にアラタがお風呂の準備を進めてしまって、一緒に入るかどうかで可愛いやり取りがあるのだが、今日はちょっとそう言う気分ではない。



“心の鐘”は、5ヶ月前の経団連会館の事件も自分達に依るものだと声明を出したそうだ。



島田 裕三。


アラタにとってはお世話になった出資者の1人であり、共同経営者である純哉にとっては実の父親を殺された事件。


当然このニュースは純哉達島田家の人たちにも伝わっているだろう。


このことを聞いた純哉がどう思うのか。

さすがに自ら復讐に動く様な事はしないだろうが、父親を殺された犯人が分かって平静でいられるとは思えない。


一度しか話していないが、由美と言う純哉の姉や、キックオフパーティーに来てくれた兄の拓哉の顔が浮かぶ。


彼らはこの事件をどう受け止めるのだろうか。


当然、アラタもこの“心の鐘”と言う団体に対して、考えれば考えるほど憎しみがどんどん大きくなっていくのを感じる。

彼らにとっては、犠牲者は父親なのだ。

アラタの思いなど比ではないだろう。


考え込んでいるアラタの様子を察したのか、クルミンは同じベッドに入っているが一言も発しない。

そうでなくともクルミンは一緒に寝ていても自分から求めてくる様な事はまずないのだ。

申し訳なく感じるが、今日はそう言う気分にはなれない。

アラタが動かなければクルミンはそのまま眠りにつくだろう。


経団連会館の事件の実行犯は、アフガニスタン人とパキスタン人の2人であるとの事だった。

2人とも不法滞在者ではあるが、テロ組織との繋がりは見つける事が出来なかったそうだ。

警察の発表でもそうだし、アラタがサクに頼んで朝熊あさま組の情報網を使った結果も同じだった。


隣からクルミンの寝息が聞こえ始めた。

クルミンは慢性的な鼻炎らしく鼻で息をし辛い様で、眠る時には口で呼吸をしている事が多い。

つまり口を開けて眠っているのだ。枕によだれが垂れている事も何度かあった。

ちょっと間抜けな感じにも見えるが、それもまた小さい子を描いたアニメの様で可愛い。

最初にその事を発見した時は、クルミンのそんな一面を知れた事が嬉しかったし、好きな人であればどんな事でも可愛いと感じてしまうものだ、としばらくその寝顔を見つめていたのを覚えている。



経団連ビル爆破事件。その実行犯の2人は、怪しげな薬を密貿易している組織に出入りしていたらしいとの情報は掴めたが、朝熊あさま組からすれば取るに足らない粗悪品で、組織として動かす金額もサクいわく“ガキの小遣い稼ぎ”レベルだったらしい。


既にその組織は警察に踏み込まれて主だったメンバーは検挙されているが、自爆テロなどと言う高尚な事を考える様な組織ではなく、“小狡こずるいチンピラ”だそうで、どう考えても黒幕は別にいる、と言うのがサクの意見だった。


いずれにしても、今回の件で首謀者は分かったのだ。



“心の鐘か…。”



アラタ自身も湧き上がる憎しみを抑え切れずにいたが、それよりも明日、純哉と顔を合わせる事を思うとやり切れない気持ちで、隣で眠る天使の頭をでた。

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