3-10 小野田 光昭
百点株式会社。
日本で最も大きなシェアを占めるオンラインショッピングモールを運営し、年商は7,000億円を超え、営業利益で1,000億円、日本では上位100社に入る超大企業。
その創業社長でオーナーである小野田 光昭は、ベンチャー起業家の旗手として常に羨望と嫉妬の目を向けられる。
会社が大きくなり、多くの業務を部下たちに任せられる様になったとはいえ、それでも小野田の承認を待つ書類が毎日の様にデスクに積み上げられる。
それに目を通し、分からないことがあれば担当者を呼んで話を聞き、可否を決断する。毎朝7時に出社しているというのに、それだけでほとんどの日は午前中がつぶれる。
午後は3~4件の打ち合わせがあり、会食をとって家に帰るのは大体深夜だ。
週末は協賛しているスポーツイベントに顔を出したり講演に呼ばれたり、ほぼ一年中休みなく働いている。
8歳になる息子と5歳の娘がいるが、家族サービスなんてした覚えがない。
超が付くほど多忙な毎日の間を縫って、小野田の姿は港区赤坂にあるタワーマンション、その最上階にあった。
30畳程もあるリビングルーム。
窓からは東京中が一望出来る。
「今月分の上納金を持参致しました。」
小野田の正面にある王座の様な大きなソファ。
両脇に美女を、それも殆ど裸の様な格好で侍らせた男は、小野田を一瞥すると「そうか。」とだけ言って1人の美女に顎で示す。
小野田の持参したアタッシュケースを美女がその細腕で持ち上げ、重そうに両手で抱えて隣の部屋へ消えた。
当然だろう。あのアタッシュケースは中身だけで10kgある。
1億円。
それが、小野田がこの男に毎月届けている上納金だ。
「毎月同じ質問をして悪いが、足の付く金ではないだろうな?」
「はっ!勿論でございます。」
「そうか。で、例の件はその後どうだ?」
「は。事件の後はまだ会合は行われていませんが、これまで手こずっていた保守派の中心人物であったヒノマルテレビの小田、総務省の香取、島田丸商事の島田の3人が事件後に退席しました。彼らに付き従っていた連中の調略は順調に進んでいます。この分でいけば、私どもの優勢で進められる事は間違いありません。」
「そうか。」
「警察の方は問題なさそうでしょうか?」
「あぁ?」
瞬間、男の目が睨む様な目つきに変わる。
“お前は俺がドジを踏むとでも思っているのか?”と言う意図を感じ、小野田はその目に竦み上がった。
「い、いえ!お力を疑っているわけではないのですが…。」
「…ふん。捜査の撹乱は万全だ。警察は何一つ、まともな情報は得られていないだろう。今ごろ存在しない組織を探して中東あたりで情報を集めている筈だ。」
「あ、ありがとうございます!」
そう言うと、小野田はフローリングの床に額を擦り付ける。
「まぁ、まだ計画は動き出したばかりだ。来年の今頃にはお前がこの国の全ての電波帯を管理しているよ。」
「はっ!有難きお言葉にございます。」
再び床に頭を擦り付ける小野田には目もくれず、男は傍らの美女の唇を貪る。
既に手は下半身に伸びている。
美女は恥ずかしそうに小野田の方をチラチラと見ている。
「あ、あの…、それでは私はこれで…。」
そう言って小野田は立ち去ろうとする。
「駄目だ。そこにいろ。」
相変わらず、小野田の方には見向きもせず、男はそう言った。
「お前はそこで、俺が祥子を抱くのを見ていろ。」
「……。」
祥子と呼ばれたその美女は、実は百点株式会社の従業員だ。
東工大出身の才媛で、新卒から4年間、百点の中でシステム運用の仕事をしていた。
3ヶ月ほど前、男に言われて紹介し、出向と言う扱いにしている。
今も百点の社員という扱いにはなっているが、基本的にこの男のもとに常駐しているのだ。当然、給料は百点側が上納金とは別に負担している。
男の注文は、アルゴリズムに精通している女性、それも美女、と言う事だった。
インターネット企業である百点には、アルゴリズムに精通している従業員は多数在籍している。
女性も多いが、美女と言う点ではこの祥子は圧倒的だった。
学生時代には読者モデルもしていたと言う祥子は、長身でスタイル抜群、大きな瞳が印象的な、誰が見ても美しい女性だった。
彼女の入社後、社内では彼女の争奪戦が勃発し、営業部の爽やかなイケメンがものにして婚約したと聞いた覚えがあるが、その彼とどうなったのかは知らない。
少なくとも結婚には至っていない筈だ。
紹介して以来、祥子は小野田と同じ様に、男に絶対的な忠誠を誓っている。
男は、社長である小野田の前に恥らう祥子との目合いを見せようとしている。
その意図は小野田には分からない。
分かる必要も感じない。
見ろと言われれば見る、それだけだ。
男が立ち上がり、ズボンを下ろすと、股間を祥子の顔に近づける。
「いえ…、その…。んっ!」
戸惑う祥子の口に、男はモノを捩じ込んだ。
かつての部下、と言っても社長である小野田は数回しか会った事がなかったが、その女が蹂躙される様子を小野田は黙って見ている。
だが、屈辱的な感情はない。
不思議な程に心は晴れやかで、目の前にいる男を心の底から敬っている。
祥子も同じだ。
小野田が目の前にいると言う事で恥ずかしがってはいるものの、その表情は愉悦に満ちている。
この男に会ってから半年ほど。
小野田の人生は変わった。考えられないほど劇的に。
簡単に言えば、悩む事がなくなったのだ。
小野田の人生の最優先事項が、この男への服従になった。
それまでは、悩んで決断してはもっと良い方法があったのではないかと後悔する、後悔している間にも次の決断を迫られ、また悩む。
その連続だった。
今も“決断する”と言う部分は残っているが、悩みと後悔は完全に無くなったと言って良い。
魂の解放。
そう小野田は呼んだ。
目の前では、小野田の魂を解放した男が、祥子の口から自身のモノを抜き、下腹部辺りにそれを這わせている。
直後、祥子の声が一際大きくなった。
男の動きが激しさを増す。
魂の解放、その状態を月額1億円で買っていると思えば安いものだ。
さらに、先日の事件の様に、間接的ではあるが利益も齎す。
被害者には申し訳ないと思うが、この男への小野田の忠誠とこの男が計画している壮大なビジョンに比べると瑣末な事だ。
変革には付き物の、必要な犠牲だ。
小野田の計画を、いや、この男の野望を阻止する存在など、いてはいけないのだ。
小野田の目の前では、男と祥子の行為が佳境を迎えようとしている。
激しく前後に動く男の腰と、恥じらいなど忘れたかの様に声量を増す祥子の声。
滴り落ちる汗が王座の様なソファを濡らす。
頂点に達した様だ。
男の身体が再び祥子の顔辺りに動くと、白濁した液が祥子の頬を濡らした。
男が倒れ込む様にソファに寝転がる。
息が荒い。
祥子は如何にも勿体無いと言う様に、頬に付いた白濁液を指で口に運び、舐め啜る。
もはや小野田を気にしている様子はなかった。
「…下がって良いぞ、小野田。」
男の声を聞き、小野田は立ち上がる。
「畏まりました。それでは失礼致します、伊部様、…伊部壮心様!」




