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マインドコントロールパネル  作者: 小沢 健三
第2章 “人脈”
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第2章“人脈” -6 朝熊 善治郎

武家屋敷を思わせる重厚な門。


その脇にある人が1人分通れるくらいの通用口をくぐると、左手には綺麗に整備された日本庭園があり、正面と右手は年代を感じさせる木造 平屋建ひらやだての住宅。


住宅と言うには広すぎる感はあるが、恐らく数十人が寝泊まりしているのだろう。

玄関まで10歩程の距離を、7〜8人の強面こわもてが並んでいる。

外にも6〜7人いたので、それだけで15人ほどはいる。



いわゆるヤクザは、暴対法の施行せこう以降減少の一途だと聴くが、まだこれだけの規模の屋敷を維持しているのは、さすが日本で3本の指に入る朝熊あさま組と言うところか。



玄関の脇には、スラッとした如何いかにも切れ者と言う感じの男が立っていた。


「深見様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」


「ありがとうございます。」



玄関で靴を脱ぎ、男の後に続く。

部屋の中は意外な程静かだったが、板張りの床を踏む度にキュッと音がする。

二条城のうぐいす張りの廊下が有名だが、同じ様な仕組みだろうか。


大勢の組員がここを歩いたらうるさくて仕方ないだろうから、組長と、それに準じる人しか歩かないのかも知れない。


左手に日本庭園を見て、90度曲がったところで男が立ち止まる。


「失礼ですが、ボディチェックをさせていただきます。」


慣れた様子でアラタの身体をチェックしていく。当然、武器など持ってはいない。


ただ、ずいぶん念入りに、スーツのポケットやボタンなどまでしっかりと調べている。

隠しカメラのたぐいがないかどうかとか探しているのだろうか。


後ろのポケットに携帯が入っていて、それを出す様に言われ、見せる。

更にかばんの中を開ける様に言われ、中身を改められる。

マインドコントロールパネルが入っているのでアラタの顔に一瞬緊張が走ったが、特別何も思われなかった様だ。


見た目はただの真っ黒のタブレットなので、珍しくはない。


「申し訳ございませんが、携帯電話とお荷物はこちらで預からせていただきます。」


「エッ⁉︎荷物を、ですか?」


「えぇ。何か問題でも?」


「いえ、話をする内容を記したメモがタブレットに入っておりまして…。」


「申し訳ございませんが、電子機器の持込は御断りさせていただきます。ご理解下さい。紙のメモなら構いませんが、ここで書き写していかれますか?」


丁寧な言葉遣いだが、有無を言わせぬ強さがある。


「あぁ、いえ、大丈夫です。」


とはいえ、困った事になった。


マインドコントロールパネルは使えない。

朝熊あさま組長と会い、コントロールしてしまえばそれで終わりの筈だったのだが、早くも予定を変更せざるを得なくなった。


「それでは、どうぞ。」


和室に通される。

8畳の和室には、2つの座布団が敷かれているだけだ。

とこの間に掛け軸と刀が飾られているが、当然刃をつぶしてある…、なんてことはないのだろう。


「しばしお待ち下さい。」


切れ者は、そう言うと廊下に正座した。

ふすまは完全に開け放たれ、日本庭園が見渡せる。

どうやらこの日本庭園は、最初の門をくぐった左手から奥に広がっているらしく、かなりの広さだ。


改めて、日本を代表する暴力団の本部にいるのだと言う思いが、アラタに冷や汗を流させた。


5分程待ったろうか。

アラタが入ってきた庭園と逆のふすまが開き、初老の男性が入って来た。


恐らく60歳前後、身長は170ちょっとくらいだろうか、てっきり和服を想像していたのだが、スーツ姿だった。

頭は少し頭頂部が寂しくなっているが、年齢よりも若く見られるだろう。


見た目はどちらかといえば平凡だ。優しげな初老の男性、と言うのがピッタリ当てはまるだろう。


ただ、目が違う。


目だけが、歴戦の強者の様にギラギラと輝いている。


“こ、怖い…。”


と言うのがアラタの感想だった。


「どうぞ、あしを崩して下さい。」


「あ、いえ!私はこのままで。」


「そうですか。私はあしが良くないので、失礼しますよ。」


「は、はい!申し遅れました!私、沼津 耕一郎の代理で参りました、深見アラタと申します。本日は貴重なお時間をいただきまして誠にありがとうございます。」


朝熊あさま 善治郎ぜんじろうです。」


朝熊あさまとアラタの間の空気が張り詰める。

朝熊あさま善治郎ぜんじろうは全くの無表情だが、目だけで飲み込まれてしまいそうだ。


「さて、沼津さんの代理とのことですが、どう言った御用向きで?」


「はい。実は、沼津さんには自首をして頂こうと思っておりまして。」


「……。なるほど。彼が何をして、何故なぜ自首するのかは私どもの関与する事ではありません。ただ、ご承知の通り彼は私どもから少なくない額の借金がございましてね。それを踏み倒して塀の中へ逃げ込むとあれば、何らかの対応を考えなければならないでしょうな。」


「あ、あの、その件なんですが、今回の宇宙科学関連ファンドにおいて、充分な利益をお渡ししている、と聞いております。その分で相殺そうさい、と言うわけには参りませんでしょうか。」


「はて…。宇宙科学、ですか。あいにくわしはご覧の通りのじじいでして、そう言った分野にはうとく、おっしゃる意味がよく分からんのですが。」


「え?そ、そうなんですか?」


「えぇ。私どもはあくまで、彼に経済的な融資をし、それを回収しようとしているだけのこと。返済する為に彼が何をしたのかまでは関与しておりません。」


「そ、そうですか…。おかしいな…。」


「……。」


朝熊あさまの顔に失望が浮かぶ。


「…では、よろしいですかな?わしもこう見えて暇ではないもので。」


「は、はぁ…。」


「それでは失礼しますよ。」


そう言うと、朝熊あさまは元来たふすまから出て行ってしまった。

その背中を呆然ぼうぜんと見送る。


「よろしいですか?」


逆側から声を掛けられ、振り返ると切れ者が立ち上がっていた。


「あ、はい…。」


アラタは立ち上がり、荷物と携帯電話を受け取ると、切れ者の後ろについて来た道を戻る。


わずか5分程度の短い邂逅かいこう

百戦錬磨ひゃくせんれんまの強者を前に完全に無力化され、ほとんど何の話も出来なかった。


だが、打ちひしがれる必要はない。


目的は、果たしたのだから。



----



朝熊あさま善治郎ぜんじろうは、失望していた。


今しがた顔を見せた深見アラタと言う男、沼津に付けていた部下の言う異常なまでの営業力を持つ男、である筈だ。

わずか2週間の間に1億円を稼ぎ出したと言う。


どんな男なのか楽しみに会ってみたのだが…。


「ガキの使いにもならん。」


思わず独りごちると、「失礼致します。」と言う声とともに男が入室して来る。


「サクよ、お前はあの男をどう見た?」


サクと呼ばれた男、桐山 朔弥さくやは、朝熊あさまの右腕とも言われている、朝熊あさまの知恵袋だ。


東大を卒業して司法試験に合格、27歳でこの世界に入ったと言う変り種で、以来8年間、朝熊組の成長の原動力となっている。

法的な部分のみならず、経済的にも新しいビジネスを次々と成功させ、朝熊善治郎の信頼を勝ち得ていた。

宇宙科学関連ファンドの筋書すじがきを考えたのも、それを沼津に実行させたのも、沼津の能力の限界を感じ切り捨てようとしているのもこの男だ。


その桐山 朔弥さくや、アラタを玄関から案内した切れ者風の男は、一瞬の間を置いて答える。


「ガキの使いにもならん。と、オヤジが先ほどそうつぶやいておられましたが、私も同じ意見です。オヤジとの話も殆ど理解出来ていなかった様ですし、あの男が沼津を救ったとは、とても思えません。」


「ふぅむ…。」


「ですが、報告からすると、間違いなくあの男が沼津と共に会った相手は全て1,000万以上の出資を決めています。ひょっとすると何らかの狙いがあったのかも知れませんが…。それとも、あの男は我々をあざむく為の隠れみので、沼津が何らかの方法を使ったのかも知れません。」


「お前がそれを見抜けなかった、…と?」


「可能性としては…ですが、沼津はどう見てももう潮時です。もうあの男からは1円たりとも…」


「…いや、違う…。」


「オヤジ…?」


朝熊あさまの表情が変わっている。

何かものすごく重大なことに気づいたかの様な、歓喜の表情にも見えるし、何かを強く恐れている様な表情にも見える。


「あの男…いや、あの方こそ、わしつかえるべきお人だ…!」


「え?な、なんですかどうしたんですかオヤジ⁉︎」


「どうも何も!こうしちゃおれん!サクよ、深見様に部下を付けてあるんじゃろうの⁉︎」


「は、はい。それはご指示通り…。」


「車を出せ!お迎えに上がるぞ!」


「は?オヤジが、あのガキの使いにもならない男を…、ですか?」


「何を失礼な事を言うておるんじゃ!行くぞ!すぐに支度したくせぃ!」


呆然とする桐山 朔弥さくやを背に、朝熊あさま善治郎ぜんじろうは「車を出せ!」と叫びながら、部屋を出て行った。

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